| 『平家物語』は平家滅亡の物語であり,平家一門の「死に様」の物語ともいえる.清盛の地獄の死,宗盛の愚かしくも人間的な死,知盛の剛毅で潔い死,建礼門院のありがたい死……著者は,この『平家物語』を空前絶後の「死(タナトス)」の大文学としてとらえ,その主要な登場人物11人の様々な最期から逆照した彼らの生きかたを「死への道筋」と見ることで,新しい面白さを発見していく――. |
平家一門の興亡史に無常の命運を紡ぎ出す鎮魂の平曲は,「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響あり」の句から始まる.古典の中でも,これほど人口に膾炙した一節は珍しい.本書は,平家一門の滅びゆく様を,個々の武将の群像の「死に様」を専一に考察する.『源氏物語』を生きる煩悩とエロスの文学,『平家物語』を死の文学――タナトスの文芸――と位置づけようとする観点は凡庸.しかし,この二文学が,国民文学といわれるほどに近代文学に与えた影響の大きさからして,対照をなすと見るべき尺度を分かりやすく示してもいる.
清盛,重盛,宗盛,教経,知盛,忠度,維盛,重衡,建礼門院(徳子),木曽義仲,六代御前の11人の“往生”――平安宮廷に花開く因果応報の観念――悪業も辞さない絶対的な権力者・清盛の権勢は,清盛の悶死を境に平家衰亡の灯火を点け,父の事大主義を賢く諫める重盛は,老病の苦もなく涅槃の境地で世を去る.宗盛は器と頭脳をもたない暗愚の殿と描かれ,壇ノ浦の戦いでも入水を果たせず生捕りの後処刑.家族に対する慈愛の念をもって死に臨んだ宗盛は,誰よりも人間らしい弱さをもつ存在と描かれている.
源氏の将・義経の首を狙うも敗北し,敵将2人を脇に「おのれら,俺の死出の山路の供をせよ」と,敵もろとも海中に歿する能登守教経の往生の凄まじさ.粗暴で礼儀を知らぬため頼朝の猜疑を招き,義経に追討される朝陽将軍・木曽義仲は,滋賀の濱で落ちる戦友・今井四郎の姿を彷徨い求めた挙句,今井と二騎となったところを討たれる.猛将の末路に待ち構える往生の悲惨.平家一門の滅亡後,残党狩りを辛うじて逃れた六代御前は,高尾の文覚上人の奔走が実を結び,高尾にて三位禅師となって仏門に入る.
頼朝の死後,文覚上人の謀反の連帯責任で六代御前は召し捕えられ,「それよりしてこそ平家の子孫はながくたえにけれ」.あまりに惨い往生は,六代御前の命運であったというほかはない.武家に生まれついたばかりに深い哀惜の幕切れを引かざるを得ず,その群像が一門の衰微を明瞭に物語っていく.死の巧拙を論じる智慧,それは人間のみが持ちうる崇高と承知の上,因業の深さに思いを馳せずにはいられない.興亡史の悲劇性を改めて解釈する本書の試みは,独自の境地に達するには至らない.しかし「死の万華鏡」を通して,無双の軍記物語の「必衰の理」を検分する一定の働きを得ている.
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原題: 往生の物語―死の万華鏡『平家物語』
著者: 林望
ISBN: 4087200396
© 2000 集英社
