| オカン.ボクの一番大切な人.ボクのために自分の人生を生きた人……四歳のときにオトンと別居,筑豊の小さな炭鉱町で,ボクとオカンは一緒に暮らした.やがてボクは上京し,東京でボロボロの日々.還暦を過ぎたオカンは,ひとりガンと闘っていた.「東京でまた一緒に住もうか?」.ボクが一番恐れていたことが,ぐるぐる近づいて来る――. |
累計200万部超という圧倒的な販売部数を誇るのは,何よりもリリー・フランキーというキャラクターの存在感が大きい.おしゃれで軽妙で俗っぽい,そのパブリック・イメージが,物語に独特の屈折した光を与えている.福岡県北九州市出身という経歴は,本書の地理的・文化的背景と不可分に結びついている.昭和30年代,「ボク」の家庭は常に変則的だった.風来坊のようなオトンと,しっかり者のオカンとが形成する奇妙な均衡.
15歳で家を出たボクは武蔵野美術大学へ進み,都会の享楽に溺れるなかで田舎のオカンのことを忘れていく.仕送りを当然のように受けながらなんとか食いつなぎ,やがてオカンを東京へ呼び寄せて二人で暮らし始める.その矢先,オカンの体が病に冒されていることが発覚する.ピーク時には国内石炭産出量の約4割を占めたとされる「黒いダイヤ」の繁栄と没落――二重の記憶が刻まれた筑豊の炭鉱地帯で,人々は強靭な共同体意識を培ってきた.著者が描くオカンと近所の人々との濃密な絆は,そうした筑豊特有の社会的文脈を背負ってはじめて,完全な意味を帯びる.
東京タワーは,「田舎のボク」が憧れた都会の表象.1958年竣工,高さ333メートルの電波塔は,敗戦からわずか13年,エッフェル塔を超える高さで設計され,戦後復興の「超克」の意志として当時の日本人に迎えられた.本書においてオカンとともにその姿を仰ぎ見るクライマックスは,個人的な感傷と歴史的なアイロニーとが重なり合う,二重の翳りを帯びたシーンとして読むべきだろう.親子の絆というテーマが目立ちすぎる感は否めない.しかし本書の真価は,普遍性を微塵も疑わないひたむきさが喚起する,率直な無恥の質にある.
誰よりも甘えん坊で,達観しながらもしょぼくれた目をした「ボク」の魂は,誰の心にも潜むマザー・コンプレックスを純化したものとして胸を打つ.明治末期から大正にかけて形成された私小説は,田山花袋『蒲団』を嚆矢とし,その宿痾として「自意識の過剰露出が読者との距離を生む」という問題を抱え続けてきた.だが本書では,リリー・フランキーというパブリック・イメージが一種のフィルターとして機能し,感傷の直接的な垂れ流しをかろうじて回避できている.周到な計算の産物ではなく,著者の資質が偶然に引き寄せた,幸福な構造的解決である.
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原題: 東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン
著者: リリー・フランキー
ISBN: 4101275718
© 2010 新潮社
