| なめらかな肌ざわりと光沢,衣ずれの音……「絹」という言葉には,歴史を超えた豪奢な響き,そして燦然たる輝きがある――. |
やわらかな張りのなかにコシがあり,放つ光沢は息をのむほど美しい.しゅるしゅると響く上品な衣擦れの音は,阿波,美濃,常陸,紀伊,西陣,それぞれの反物に宿る豪奢な風土を,今なお語っている.「天然繊維の貴婦人」と称される絹は,綿の1.5倍という吸湿力を誇り,夏は涼を,冬は温もりをもたらす.女性の靴下,男性の肌着に最上の着心地を与えてくれるのは,繊維の主成分が人間と同じタンパク質であるがゆえに,肌と感性が本能的に響き合うからであろう.
弱点を挙げるとすれば,日光への脆さと,養蚕に要する手間とコストか.しかしそれもまた,この繊維の持つ稀少な品格の裏面と見れば納得できる.本書は絹の専門家2人が,その機能性と審美性をわかりやすく,かつ豊富な雑学とともに解き明かした好著である.絹の衣擦れが奏でる音はファ・ド・ファ・ラという協和音,疥癬や虱を防ぐ実用的な効能を持ち,スパンシルクの肌着がエーリヒ・マリア・レマルク(Erich Maria Remarque)『西部戦線異状なし』に描かれた塹壕戦を陸軍兵士の皮膚の側から支えた――数々の挿話は,絹という素材の奥行きをあらためて実感させてくれる.
かつて日本は,第二次世界大戦直前に年産約6億4000万平方ヤードを誇り,絹は殖産興業の象徴であった.しかしナイロンとレーヨンの台頭以来,その地位は急激に失墜する.今や国産繭を使った生糸が国内流通品に占める割合は0.15%前後にすぎず,大半を中国やブラジルからの輸入に依存する.養蚕農家の高齢化と安価な海外製品との競合が追い打ちをかけ,その経営は極めて厳しい.かつて近代日本の礎を支えた絹の全盛期が再来するとは,もはや誰も期待しまい.だが,国内でかろうじて命脈を保つ現状に甘んじるだけでは,あまりにも惜しい.
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原題: 絹の魅力―いま、シルクを知りたいあなたへ
著者: 金沢昭三郎,川村一男
ISBN: 9784336022769
© 1987 国書刊行会
