| 平安末期.平家が支配する闇の時代,源義経は山にこもり日々武術や妖術の鍛錬に明け暮れていた.五条大橋で平家武者を次々と切り捨てるその姿は鬼と恐れられ,近寄るものはほとんどいない…. |
源義経(遮那王)と武蔵坊弁慶の伝説――五条大橋での出会い――を,ニヒリズムとサイバーパンク的感性が交錯しながらの再鋳造である.浅野忠信演じる遮那王には,悲劇的貴公子像は跡形もなく,そこに立つのは他者の命を塵芥とも思わぬ人外の存在.デコンストラクション(脱構築)としての英雄像――「義経」という固有名詞に蓄積された感傷――を,暴力によって一気に無効化する.対する隆大介演じる弁慶は,かつての殺生を悔いて仏道を歩もうとする求道者として描かれる.
絶対的な「悪」である遮那王と対峙するため,弁慶は再び修羅の道へと引き戻される.鎌倉期の京都が舞台となるが,撮影地は敢えて時代考証を無視した荒涼たる原野と廃墟が選ばれた.主たるロケーション,えさし藤原の郷(岩手県奥州市)の風景は,末法思想を視覚化,緑豊かな古都・京都のイメージとは意図的に切り離されている.小野川浩幸による音響は,金属の摩擦音,風の咆哮,心臓の鼓動を模したような重低音など映像と精密に同期している.
立ち回り(殺陣)にあるべき様式美的な「間」はほぼなく,肉体を削り合う暴力の衝突がハイスピードカメラと細分化されたカット割によって,光と影の抽象的運動へと昇華される.本作の企画当初のタイトルは「鋼(はがね)」だった.鉄と人間の関わりを主軸に据えたより一層ハードな物語が構想されていたが,原型の痕跡は,刀を打つ際の凄まじい火花と映像全体に漂う金属質の質感に色濃く刻まれている.公開時,本作は興行的に苦戦を強いられ,批評的評価も真っ二つに割れた.物語の完結性よりも体験の過激性,また歴史の再現性よりも神話の解体を,あらゆる面で優先したからである.
従来の時代劇ファンが求める情感的カタルシスは,本作においてことごとく拒絶されるだろう.しかし2020年代の視座から見返すとき,本作の先見性は鮮明だ.CGに依存しない生々しい特殊造形,デジタル処理による極端な色彩補正(カラーグレーディングの先駆け),固定的な前提を疑い,矛盾を暴き出して英雄の怪物性を暴くデコンストラクション的手法――これらは現在のダーク・ファンタジー映画の標準的文法となっている.
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原題: 五条霊戦記 GOJOE
監督: 石井岳龍
137分/日本/2000年
© 2000 サンセントシネマワークス/WOWOW
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