| 一見,平和で静かな田舎町を突如,恐怖が覆い尽くす.相次ぐ児童失踪事件.内気な少年ビルの弟も,ある大雨の日に外出し,通りにおびただしい血痕を残して消息を絶った.悲しみに暮れ,自分を責めるビルの前に,突如“それ"は現れる.“それ"を目撃して以来,恐怖にとり憑かれるビル.しかし,得体の知れない恐怖を抱えることになったのは,彼だけではなかった.不良少年たちにイジメの標的にされている子どもたちも“それ"に遭遇していた…. |
ホラー映画という外皮をまとったビルドゥングス・ロマン(自己形成譚)である.恐怖は,少年時代に通過すべきイニシエーションにすぎない.語られているのは,心に深い傷を負った者たちが互いの痛みを受け入れ,連帯することによってのみ,不条理に抗いうる比喩であり真理である.物語を貫く27年周期は,現実に奇妙なメタ的符号を伴って立ち現れる.1990年のテレビ版放映から数えてちょうど27年後の劇場公開,怪異"ペニーワイズ"を演じたビル・スカルスガルド(Bill Skarsgård)もまた,当時27歳であった.
符合は,同一の怪物が世代を超えて出現する主題と気味悪く呼応している.舞台となる町デリーは「忘却」によって均衡を保ち,その代償として27年ごとに再び蹂躙される.記憶が風化し,世代が入れ替わるのに要する忘却のタイムリミットなのだ.ペニーワイズは,対象の内側に潜む魂の「亀裂」を最悪の形で暴露する.ビルの前に現れるのは弟の死に対する癒えない罪悪感,エディを襲うのは母親によって過剰に植え付けられた病への強迫観念.なかでも,ベバリーのバスルームを埋め尽くす鮮烈な血の奔流は,初潮という身体的変容への戸惑いの痛切なイメージとして結実する.
ペニーワイズの左右独立して動く眼球と絶え間ない涎は,生理的な不快感を超え不安を喚起させる.原作の1950年代から1989年へと舞台を移した判断も,ノスタルジーの回顧ではない.冷戦終結の足音が聞こえる中,家庭の奥底に暴力と差別が潜んでいた時代.撮影監督チョン・ジョンフン(Chung Chung-hoon)が切り取ったのは,黄金色に輝くまばゆい夏の光であった.美しい風景の中で,子供たちは人知れず傷つき,大人たちの組織的な無関心にさらされる.結局のところ,"それ"に立ち向かうルーザーズ・クラブが勝利を収めたのは,彼らが強くなったからではなかった.自らの弱さを互いに開示したからである.
"それ"の戦略は常に「分断」にあった.個人のトラウマを突き,孤立させ,孤独の中で魂を喰らう.これに対し,少年少女たちは恥を晒し合い,孤立を拒絶することで怪物の餌食となることを拒んだ.「1人では負け犬でも,7人なら無敵だ」という言葉が,気休めを超えてわれわれの胸に深く刺さるのは,人生の過酷な現実においても,連帯が唯一の防波堤であることを誰もが直感しているからだろう.凄惨な恐怖の果てに綴られる,瑞々しくも残酷な子供時代の終わりの記録である.
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原題: IT
監督: アンディ・ムスキエティ
135分/アメリカ/2017年
© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC.
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