| 私たちはモノをつくる労働者がなかなか見えない世界経済に生きている.距離と定量的な経営がこの流れを助長し,資本主義と自由という前提はこれを隠すのに一役買っている.「自由」貿易にしても「自由」市場にしても,人間の自由とのあいだに必然的な関係はない.それどころか,プランテーションの奴隷制の歴史は,その逆が真実でありうることを示している――. |
合理的管理や効率化といった現代経営の中核概念は,人間を人間として扱わない極限の系譜――すなわち奴隷制の内部において,最も純粋かつ過激な形で洗練された.英領西インド諸島やアメリカ南部の農園は,同時代の工場を遥かに凌駕する高度な組織体であった.国際的な価格変動に晒された砂糖や綿花を効率的に生産するため,農園主は経験や勘よりも,報告・比較・数値化による統治を要請したのである.本書は,黄ばんだ会計帳簿や管理報告書といった一次史料を精査し,プランテーションがいかに早い段階から支配のテクノロジーを確立していたかを論証する.
18世紀の管理人マニュアルには,すでに「週次報告」「標準書式」「前年対比」といった現代のビジネス用語が並ぶ.不在地主に代わって現地を差配する管理人たちは,現代の株主から冷酷な業績報告を求められる「雇われCEO」に近い.近代的管理とは,人間を交換可能な資産として精緻に把握する必要性から産み落とされた技術だったといえるだろうか.本書の白眉は,北部の工場と南部の農園を比較する挑発的な分析にある.従来,工業化の揺籃とされてきた工場では,自由労働者の離職や怠業により,個人の生産性を把握することは困難を極めた.労働者は市場で売却できず,その身体を担保にすることもできないからだ.
対して,逃亡不可能な労働力を前提とした奴隷制プランテーションでは,個々人の収穫量が日単位で記録され,標準生産量という名のノルマが設定された.成人男性を「1.0」,子供や老齢者を「0.5」と換算する人間単位の数値化は,現代のKPIやパフォーマンス評価の原型を,あまりに露骨な形で提示している.戦慄すべきは,人間を資産として処理する会計思考の徹底である.帳簿上,奴隷の加齢や負傷は減価償却として処理され,子供の誕生は資産の自然増として計上された.プライム・ハンド(最上級の働き手)という用語が示す通り,人間は牛馬と同様のスペックへと等級化され,奴隷解放後も,管理の鎖は外れなかった.
快適な会計室に身を置く者にとって,人間の数を単に紙の上の数字と見なし,男,女,子供をただの労働力と考えるのは,恐ろしくなるほど簡単なのである
シェアクロッピング(分益小作制)や債務契約という形態へ移行しただけで,時間管理と作業量の測定,さらに罰則規定は,むしろ契約という紙のテクノロジーによってその正当性を強化したのである.奴隷マネジメント技術は中立な道具ではなかった.効率性,標準化,数値化――それらは無機質な記号に見えても,歴史的背景には人間性の剥奪と密接に結びついた血の通わぬ論理が横たわっている.「数字は嘘をつかないが,数字は人間を不可視化する」という本書の含意は,極めて重い.われわれが何気なく口にする「人的資源(ヒューマン・リソース)」という言葉の背後には,人間を資産として算定し続けてきた数世紀にわたる思考の堆積層が,今なお暗く沈殿している.
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Title: ACCOUNTING FOR SLAVERY - MASTERS AND MANAGEMENT
Author: Caitlin Rosenthal
ISBN: 4622095246
© 2022 みすず書房
