▼『特捜検察の正体』弘中惇一郎

特捜検察の正体 (講談社現代新書)

 村木厚子,角川歴彦,小沢一郎,カルロス・ゴーン,堀江貴文,鈴木宗男らの弁護を担当した,検察が最も恐れる「無罪請負人」が,冤罪を生み出す日本最強の捜査機関の「危険な手口」を詳細に解説する――.

 本社会で「疑惑」とともに語られてきた人物たち――村木厚子,角川歴彦,小沢一郎,カルロス・ゴーン,堀江貴文,鈴木宗男――の弁護を担ってきた著者はすなわち,検察にとって最も不都合な存在である.本書の主張は,特捜検察が真実探究の組織などではなく,結論を先に決定し,それに合致する物語を事後的に構築するということだ.戦後日本の特捜部は,GHQ占領下に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」を源流とする.

 終戦直前に旧日本軍が接収し消失した物資や資金が政財界に流出した隠退蔵物資事件は,戦後民主化を進めるGHQにとって不正追及の主要対象であった.GHQは覚書を通じて日本政府に圧力をかけ,検察庁法に基づく特別捜査組織の設置を強制した.衆議院の不当財産取引調査特別委員会による国政調査権とも連動し,特捜は政財界の隠蔽構造を暴く権力監視機関だったのである.芦田内閣の瓦解にまで影響を与えた隠退蔵物資事件は,特捜が政治権力をも射程に収める存在であることを国民に印象づけた.

 「大物を倒す」という物語が正義と同一視されることで,捜査の正当性よりも有罪判決という結果が優先される体質が固定化していった.本書で整理される手口は,組織文化として再生産されてきた行動様式.その手口の数々は淡々と描かれている.ストーリーを先に作成し,証拠を後から選別する.供述調書は検事が起案し,被疑者は署名を強制される.別件捜査で弱点を握り,不都合な客観的事実には意図的に目をつむる.民主化装置は,いつの間にか国家にとって都合のよい物語を量産する組織へと変質したのである.

 不利な証拠は隠蔽され,マスコミを通じて「犯罪者像」が先行的に流布され,長期勾留による身体的・心理的圧迫,家族や部下を人質にした心理的揺さぶり,虚偽情報による記憶誘導――これらが一連の技法として体系化されている.本書の最も重要な指摘は,裁判所が検察のストーリーを捜査の前提として審理を進めることにより,修正不可能な物語が法的に確定していく過程を明らかにする点にあるだろう.司法が検察権に対する抑止機能を喪失する中で,一度構築された物語は異議を唱える余地のない「事実」へと転換されるのだ.

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原題: 特捜検察の正体

著者: 弘中惇一郎

ISBN: 9784065308776

© 2023 講談社