| 日本の最後のサンクチュアリを「裏支配」する男のあくなき野心と反骨の半生!障がいをバネに差別と戦った若き時代から,「京都のドン」野中広務を倒し,1000万人組合員ににらみをきかせるその実像とは.農協にはびこる巨大なカネと権力を牛耳る「昭和的独裁者」を追った渾身ルポ――. |
農協組織は,GHQ主導の戦後改革で再編される際,農民の相互扶助組織ながら,金融・流通・政治動員を統合した巨大組織へと肥大化した.JAバンクの預金残高がメガバンク三行を凌ぐに至った時点で,眠れる金融資産が政治と結託することは自明だった.本書は,構造的圧力を自在に操った人物として中川泰宏を位置づけ,半官半民の治外法権とは何かを執拗に追跡する.コメ産地偽装疑惑と7億円裁判は,日本政治における権力の作動様式を露呈させる.
中川の生い立ちに見られるのは,日本型フィクサーに共通する物語構造といえるかもしれない.戦後の貸金業界は,グレーゾーン金利によって年利40パーセントを超える融資を可能にし,規制の隙間で急成長した業者たちが,政治家や警察との関係構築を通じて生存競争を展開した.本書では,身体障害と被差別経験が,金銭の蓄積を通じた社会への復讐へと転化する記述が目立つが,農協支配の描写において注視すべきは,農家数の水増しエピソードであろう.統計情報が政治的に操作されうる現実は,民主主義の信頼基盤を根本から蝕む.
透明性を欠いた権力構造では,事実さえもが権力者の掌中にあり,中央省庁の政策決定や予算配分の根拠となる統計値が地方権力者による操作の対象となり得るのだ.同時に,農協労組の圧殺やファミリー企業による不動産取引は,公共性の私物化の典型であり,野中広務との宿敵関係は政策論争というより権力をめぐる人格的対立の側面が強い.京都を舞台とした支配体制は,権力が儀礼化・演出化される過程といえるだろうか.古代ローマ皇帝の饗宴から中世ヨーロッパの宮廷儀礼まで,豪奢な空間は支配下にある有力者たちの恭順を強要する場であった.
彼が動かしている組織は強大だ.会長を務める「JAバンク京都信連(京都府信用農業協同組合連合会)」が集める貯金残高は一兆二五六七億円(二〇二二年九月末現在).副会長を務めるJA共済連(全国共済農業協同組合連合会,JAグループで保険を扱う全国組織)の保有契約高は二二七兆円(二二年上半期現在の長期共済の契約高)を超え,第一生命など大手保険会社と肩を並べる.JA共済連の手足となって保険商品を売り歩く農協の職員数は,一八万六〇〇〇人(二〇年度)に上る
中川による海外宮殿での晩餐会もまた,この古い統治術の現代的応用であり,参加者の身体を支配下に置いた.だがカリスマと恐怖支配に依存した統治モデルは,源泉の衰退とともに反転する.自ら育成した子飼いたちに利用され転落する中川の運命は,組織的制度に支えられていない権力形態の必然的な限界を示す.北朝鮮支援問題で名を上げた後,国政進出を阻まれ,「死んでも闘う」と宣言する場面は劇的だが,その帰結が「使い捨て」であった.改革者は,利用価値を失えば容易に切り捨てられるのである.
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原題: 農協のフィクサー
著者: 千本木啓文
ISBN: 4065308917
© 2023 講談社
