| 数学の考え方を単に知識としてではなく,その幽玄な世界にふれ,楽しめるように解き明かす.小学校高学年から中・高生,子どもに数学を教えたい大人たち,数学が苦手という人に――. |
代数と幾何という学校数学の二大領域を,考え方から捉え直そうとする知的誠実さに満ちた本.第Ⅰ部「代数の考え方」は,鶴亀算や連立方程式,二次方程式といったおなじみの題材が扱われるが,問題状況をどう抽象化し,式として世界を切り取るかが主題となる.鶴亀算を方程式で解く過程は,具体と抽象の往復運動であって,算数から数学への移行点であることを確認でき,「エジプトの問題」「バビロニアの問題」は,数学が古代文明の実務的な要請から育まれてきたことを思い起こさせる.
バビロニアの粘土板に刻まれた計算は,平方完成に相当する操作をすでに含んでいた.やはり,現代の教科書的解法と本質的に地続きなのである.先駆的な数理経済学者であった著者が語り手となり,数量を扱うという点で,経済学もまた古代の測量や分配の知と同根であることを含み伝える.第Ⅱ部「幾何の考え方」では,三角形,円,相似といった図形がもつ直観的な美しさと論理的必然性が丁寧に編み上げられ,ピタゴラスの定理や相似の議論が,世界を測るための言語として提示される.
最大最小問題における命題「最短距離は直線である」は,ユークリッド幾何の基本原理であると同時に,経済学における効率性の思考とも通じている.終章「ギリシアの数学」「文明の誕生」は,数学史的な視座を与える補助線である.実用から始まった計算が,やがて「なぜそうなるのか」を問う思索へと深化した過程は,数学が文明の自己反省であったということだろうか.
小学校算数の知識があれば読み進められる平易さを保ちつつ,背景には数千年分の知的遺産が控えているという構図が,本書に独特の奥行きを与えている.数学者の専門的厳密さとは異なる位置から,数学を人間の思考の物語として語り直す.計算や図形問題がすらすらと頭に入ってくるのは,解法の巧みさだけでなく,問題が生まれた必然性まで含めて描かれているからであろう.数学が苦手だと思い込んでいる読者ほど,語り口に引き込まれるはずだ.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: 算数から数学へ
著者: 宇沢弘文
ISBN: 4000054066
© 1998 岩波書店
