▼『時計の社会史』角山栄

時計の社会史 (読みなおす日本史)

 機械式時計の発明は世界を変えた.鉄道ダイヤが決められ利用者が増える.労働時間が固定され余暇を生み出す.時計がもたらした生活・社会の変化と,不定時法の和時計やゼンマイから電子装置(クウォーツ)に至る時計の歴史をたどる――.

 計が規定するのは,「時間」という無形資産の管理である.本書は機械時計の技術史をなぞる体裁をとりながら,社会指標としての時間観念が,文化や権力構造の変化とともにどのように形成され,人間の行動を統制してきたかを描き出す文化史.時間に厳格な者は,時間に無節操な者を許容できない.遅刻が他人の時間を盗む行為と理解される常識は,不定時法の世界には成立し得ず,定時法という抽象的時間が社会を支配して初めて生まれた.中世ヨーロッパで教会の鐘が一日を区切り,やがて都市に機械時計が設置されたとき,時間は自然の循環から切り離され,均質な単位として商品化された.

 商品交換の根底にある価値の大きさを「生産に投下」された社会的に必要な労働時間によって測定すべきとしたマルクス主義の背後には,時計による時間の抽象化があっただろう.シンデレラが「12時」を把握できた理由を,著者は時計文化の浸透という観点から読み解く.初期の機械時計は15分単位で鐘を鳴らすものが多く,正確な分や秒は問題とされなかった.にもかかわらず「12時」という境界が意味を持つのは,時間が社会的規範として内面化され始めた証である.恋や魔法ですら時計に従属させる近代的時間意識の萌芽である.

 一方,日本に目を向けると,松尾芭蕉が奥の細道を旅しながら時間を意識できた理由は,西洋的な定時法とは異なるところにあったようだ.江戸時代の不定時法では,昼と夜をそれぞれ六等分し,季節によって一刻の長さが変化する.和時計は,この不均等な時間感覚に適応するため,文字盤が可動式であったり,重りの位置を変えたりする工夫が凝らされていた.技術的には「遅れている」と見なされがちな和時計であったが,自然のリズムに即した高度なローカライズ技術というべきだろうか.機械時計が中国で「皇帝の高級玩具」として受容された逸話や,宣教師が布教の切り札として時計を献上した事実は,時間が権威と結びつく資本であったことを示す.

産業革命はそれまで一体であった生産と消費を分離させた.生産の場としての工場や職場と,消費生活の場としての家庭とが,それぞれ空間的・時間的に分離されるようになった

 『ガリヴァ旅行記』の懐中時計が航海と結びつけて語られるのも,経度測定という国家的課題と時計技術が不可分であったからである.産業革命以降,時計はブルジョワによる労働時間支配の装置となって,昼休み返上や時間給労働といった制度を正当化する.やがてスイス時計やアメリカ時計の大量生産によって,時計は大衆化し,懐中時計から腕時計へと「風俗化」していく.補論で論じられる「時間のパーソナル化」は,スマートフォンによる現在地時間管理にまで連なる射程を持ち,機械時計の歴史が終わった後も,時間支配は形を変えて連綿と続いている.

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原題: 時計の社会史

著者: 角山栄

ISBN: 4642065741

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