| 1997年3月30日に歴史の幕を閉じた日本最大規模の三池炭鉱.その歴史を,「負の遺産」と言う人もいる.囚人労働,強制連行,三池争議,炭じん爆発事故――炭鉱の歴史そのものが時代から消し去られようとしていた.そんな状況に不満を覚えた熊谷博子監督が三池炭鉱の歴史に真正面から向き合い撮り上げたドキュメンタリー.7年の歳月をかけ完成させた労作…. |
国内最大規模を誇った三池炭鉱は,日本の近代産業・戦争体制・労働運動のあらゆる局面に深く関わり,国家の方向性を映してきた.7年の歳月をかけた丹念な聞き取りと映像化は,炭鉱に堆積してきた時間と静かに呼応する.三池炭鉱は最盛期に20以上の坑口を持ち,坑道網は総延長150キロメートル以上に及んだ.この地下迷宮で,鉱夫たちは毎日数時間を移動に費やした.坑内の暗闇はあまりに深く,鉱夫たちは苦笑いで「闇の方が明るい」と揶揄した.
1930年代には一日14時間以上の労働が常態化し,夜の寝床は地面に敷いた藁のみという劣悪さであった.幕末期から組織的に導入された囚人労働は,明治期には「石炭一トン=囚人一人」という死亡率を記録している.坑口近くに並ぶ鉄格子の宿舎は,炭鉱という一つの監獄風景であった.本作は,関係者たちの沈黙の背後に横たわる重い記憶へ,静かに寄り添う.1960年の三池争議は,6万人を超える労働者と国家総がかりの警備体制が激突した日本労働史上最大の争議である.
その全容は広く知られていない.労働組合のスローガンは毎週のように書き換えられ,街の壁という壁が「言葉の戦場」へと変貌した.驚くべきは,争議中に住民の半数以上が街頭デモを体験したという事実である.この規模での地域全体の動員は,世界的にも稀な事例といえる.三池争議は地域社会を引き裂く深刻な事件となり,その傷痕は今も三池の歴史に深い影を落としている.1963年の炭塵爆発事故は,458名の死亡者を出した日本最悪の労災事故である.
事故直後,損傷が甚大な一部の坑内は,復旧も調査も不可能なまま封鎖された.現在も閉ざされた坑道が存在し,そこでは時間が事故の瞬間で停止している.三池炭鉱は1997年に閉山されたが,その影響は,地域の産業構造と人口推移に長い余韻を刻み続けている.石油へのエネルギー転換という国家レベルの大方針は,三池の地にあっては生活の崩壊として現出した.本作が伝えるのは,マクロな政策という大きな力の陰で,幾千もの個人がいかに働き,傷つき,連帯して家族を守ってきたか,その名もなき人々の歴史である.
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原題: 三池 終わらない炭鉱の物語
監督: 熊谷博子
103分/日本/2005年
© 2005 オフィス熊谷
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