■「4ヶ月、3週と2日」クリスティアン・ムンジウ

4ヶ月、3週と2日 デラックス版 [DVD]

 1987年のルーマニア.大学生オティリアは,同室のガビツァの違法な中絶手術を手伝うべく,二人で準備をしていた.恋人から金を借り,ガビツァの代わりに,手術を頼んだモグリの医者を迎えにいくことに.やがて手術の代金がどうしても足りないことがわかったとき,オティリアは親友のためにある決断を下す….

 ーマニア・ニューウェーブを代表する作品にして,ルーマニアの恥部を世界に知らしめた記念碑的な一作.1980年代のルーマニアは,国家的な人口増強政策によって避妊と中絶が禁止されていた.チャウシェスク政権は出産を愛国義務と位置づけ,密告制度まで敷いて妊婦の監視を行った.その結果,粗悪な非合法中絶が横行し,数万人の女性が命を落としたとされる.クリスティアン・ムンジウ(Cristian Mungiu)も学生時代にそうした女学生の姿を目撃しており,記憶がそのまま作品に昇華した.

 題名が示す「4か月,3週と2日」とは,胎児がすでに人間の形を持つ妊娠中期を意味している.本作が2007年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した際,審査委員長を務めていたのがスティーヴン・フリアーズ(Stephen Frears)であった.本作の授賞理由を「形式のミニマリズムが倫理的な問いを直撃する」と評した.ムンジウは音楽を徹底して排し,長回しのカメラを用いることで,観客をオティリアと同じ時間感覚に閉じ込める.親戚の結婚パーティーのシーンは,欠席できない参加義務の滑稽さと,迫りくる中絶の切迫感とを同時に突き合わせる名場面である.

 興味深いのは,ルーマニアの観客が本作を「ホラー映画のようだ」と評したことだろう.ゾンビや怪物が出るわけではない.だが,統制社会において日常のどこにでも潜む恐怖,ホテルの受付や親戚の視線すらも,若い女性の人生を一瞬で破壊し得る力を帯びている.それは普通の暮らしが恐怖の母体であるという,社会主義体制下特有の不気味さを物語る.結末で,二人の少女は言葉を交わさない.ただオティリアがふとカメラを一瞥する――その瞬間,観客は不意に「証人」として呼び出される.これは第四の壁――舞台と客席を分ける一線――を破壊し,「あなたも見ていただろう,この現実を」と問いかける告発なのである.

 冷戦崩壊後の歴史の進展が,市民に約束された自由をもたらしたとしても,その視線の強度はなお観客を縛りつける.本作はイタリア・ネオリアリズモの系譜を継ぎつつ,冷戦下の東欧映画が育んだ社会的リアリズムの粘着質を再定義した作品であり,以後のルーマニア・ニューウェーブの国際的成功を開いた.だがその核心はきわめて個人的な,若い女性二人の1日の記録にすぎない.だからこそ,国家的暴力の記憶は普遍的な恐怖として観客に迫る――オティリアの視線は問いかける.「見ていたのなら,忘れないでほしい」と.映画を見終えた者は,この問いから逃れることができない.

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原題: 4 LUNI, 3 SAPTAMANI SI 2 ZILE

監督: クリスティアン・ムンジウ

113分/ルーマニア/2007年

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