▼「コーヒー哲学序説」寺田寅彦

寺田寅彦随筆集 4 (岩波文庫 緑 37-4)

 明治から昭和初期にかけて活躍した物理学者,随筆家,俳人である寺田寅彦の随筆作品.幼い頃から体が弱かったので牛乳を飲まされていた.当時まだ飲みにくいものであった牛乳に少量のコーヒーを混ぜて飲んだ,という話から広がりを見せ,ついにはコーヒー哲学の序説なるものを綴った作品である――.

 好品としてのコーヒーを媒介に,近代日本の文化的変容と人間精神の微妙な化学反応を描き出した随筆である.嗜好が時代精神とどのように絡み合うか,さらに人間の思考過程にどのような影響を及ぼすかを窺わせる.コーヒーと混ぜたという当時の牛乳は病弱者の薬であり,バターやパンは一部のハイカラな子供の弁当でしか見られない高級品であった.文明開化が庶民の食卓をまだ侵食しきれない時代,イナゴの佃煮に驚き,パンとバターに羨望の眼差しを向ける少年にとっては,夏目漱石『三四郎』に描かれる東京モダンの空気とも通底するような地方と都市の文化摩擦である.

 やがてベルリン留学時代,寺田寅彦は本格的なカフェ文化に触れる.暗く霧のような冬の午後,3時のカフェで飲む一杯のコーヒーは,重苦しい眠気と郷愁を払う精神の支柱であった.様々な装飾的要素――銀器の光,マーブルの卓上,カーネーションの香り――が示すように,寺田が求めたのは視覚・聴覚・触覚が総動員された空間であった.場の美学は,感覚の総合芸術を志向する印象派的世界観と響き合い,「コーヒーを飲んだ瞬間,解決の光がぱっと頭をよぎる」という記述は,現代の神経科学的知見と符合する.

 カフェインはアデノシン受容体を遮断し,中枢神経の疲労シグナルを抑制することで覚醒を促すが,それ以上に重要なのは,報酬系のドーパミン放出と前頭前野の活性化である.ドーパミンの上昇は,注意と作業記憶を高めるだけでなく,連想ネットワークを広げ,柔軟な思考を促す.過度なリラックスではなく緊張と緩和の均衡を形成する状態こそ,アイデアの閃光が走る最適領域である.寺田が「研究に行き詰まった時,一杯のコーヒーで解決の糸口を思いつく」と述べたのは,まさにこの神経化学的現象の主観的記録なのである.

宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている.そうして,コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる.酒や宗教で人を殺すものは多いがコーヒーや哲学に酔うて犯罪をあえてするものはまれである.前者は信仰的主観的であるが,後者は懐疑的客観的だからかもしれない

 「一杯のコーヒーは哲学であり,宗教であり,芸術である」とする比喩は,修辞ではない.宗教的陶酔や芸術的恍惚に見られる脳内報酬系の興奮が,コーヒーという極めて小さな刺激によって再現されるという事実を示している.禁欲主義者が薬物的陶酔を否定する一方で,哲学や信仰に自己酩酊する構造は,結局のところ同型的である.寺田はこの同型性を,軽妙な諧謔をもって提示した.ヴォルテール(Voltaire)やドゥニ・ディドロ(Denis Diderot)はカフェで議論を戦わせ,その知的熱気が『百科全書』を生んだ.寺田がカフェを銀器の光とともに思い描く背景には,こうした文化的記憶が潜んでいる.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: コーヒー哲学序説

著者: 寺田寅彦

ISBN: 9784003103746

© 1948 岩波書店