▼『ずる』ダン・アリエリー

ずる―嘘とごまかしの行動経済学

 偽物を身につけるとごまかしをしたくなり,創造性の高い人は不正をする度合いも高い!?イグノーベル賞を受賞したデューク大学教授が,今度はユニークな実験で誠実さとウソの本質を解明する――.

 はなぜ嘘をつき,ズルをするのだろうか.その行為をどのように正当化するのだろうか.本書は,日常に潜む小さな不正――「誰も見ていないから」「自分は悪くないから」――といった身近な人間心理に焦点を当てる.著者は豊富な実験を通じて,我々の不正行為が「自己解釈による合理化」によって巧妙に支えられていることを鮮やかに示すのだ.印象的なのがコカ・コーラと紙幣の実験である.大学寮の冷蔵庫にコーラ数本と現金を置いたところ,学生たちは紙幣には決して手を出さなかったが,コーラはあっという間に盗まれた.

 紙幣を盗むことは明確な窃盗行為として認識される一方,コーラを取ることへの罪悪感は希薄だった.この結果は,人間の道徳的境界がいかに曖昧で流動的であるかを端的に物語る例であろう.別の実験では,P大学の学生を装った俳優がC大学でカンニングを行う様子を観察した.その結果明らかになったのは,不正行為の感染性である.一人のズルが周囲に伝播していく現象は,現代の企業スキャンダルやSNS上の不正行為を理解する上でも重要な洞察を提供しているように見える.著者の分析の妙味は,自身の逸話を織り込む点にもある.

 ヨーロッパを鉄道旅行した際にユーレイルパスを偽造して乗車した経験,重度の火傷を負った際に医師から「大丈夫」と嘘を告げられた記憶を率直に語る.こうした自己開示が,理論的な議論を押しつけがましくなく,むしろ親しみやすいものにしている.本書のもう一つの含意は,不正防止の本質的な困難さである.名門校のオナーコード(学生自治憲章)や厳格な監視システムが一定の抑止効果を持つことは認めつつも,心理的な合理化の前では根本的に不十分であると指摘する.結局,人間は完全な合理的存在ではなく,「自分は正しい」と信じたい生き物なのである.

 本書の価値は「我々はなぜ自分を欺くのか」という根源的な哲学的問いを,ユーモアを交えながら実証的に描き出すことにある.著者が読者に突きつけるのは,人間にとって誠実さが脆弱でありながら,同時に不可欠であるかという深刻な逆説である.行動経済学における限定合理性の議論と深く共鳴する認識でもあり,我々は日々,小さな嘘を許容するために自己解釈による合理化を繰り返している.しかし,そうした欺瞞を意識化することによってのみ,真の意味での倫理的な生き方が始まるのではないだろうか.本書は,この重要な気づきを軽妙な語り口で,しかし確実に読者の心に刻み込む面白い論考である.

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Title: THE HONEST TRUTH ABOUT DISHONESTY - HOW WE LIE TO EVERYONE - ESPECIALLY OURSELVES

Author: Dan Ariely

ISBN: 4152093412

© 2012 早川書房