| パリでは全く評価されなかったゴッホは,「新しい光を見つけたい」と南フランスのアルルへ向かう.どこまでも続く大地,風になびく麦の穂や沈みゆく太陽を見つめるゴッホは,「永遠が見えるのは僕だけなのか」と自身に問いかける.そんな中,パリからやって来たゴーギャンに心酔するゴッホだったが,共同生活は長くは続かなかった.孤独を抱えて,ひたすら自らが見た世界をカンバスに写し取るゴッホは,やがて「未来の人々のために,神は私を画家にした」と思い至る…. |
新表現主義の画家として脚光を浴びたジュリアン・シュナーベル(Julian Schnabel)の意図は,フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)が知覚したであろう「世界の質感」を映像として再構築することにあったようだ.映像表現として,カメラは低い位置や極端な近接で人物の顔を捉え,主観ショットやピントの揺らぎによって観客をゴッホの視覚世界に引き込む.画面の一部を意図的にぼかす技法は,統合失調症的体験や幻覚の感覚を呼び起こす.
主観的知覚の装置と定義されるゴッホの視覚の揺らぎを構造に組み込む手法には,近代映画における内面表現の系譜――カール・テオドア・ドライヤー,テオ・アンゲロプロスの映像詩学――が生かされている.南仏アルルの強烈な日差しを自然光で捉え,黄色やオーカー色を基調とした画面設計は,ゴッホが追い求めた「光の形象化」の映像表現である.野外シーンにおける風に揺れる麦畑や木立を長回しで追うカメラは,ゴッホの筆致のリズムを追尾し,絵画と映画というメディウム間の感覚差異を媒介し,両者を融合する試みを果たしている.
物語構成は意図的に断片化され,時間軸は曖昧である.ゴッホの死の描写は従来の「ピストル自殺説」を相対化し,近年の研究で論争を呼んでいる他者による発砲の可能性(他殺説)を取り入れているのが最も特徴的であろう.撮影当時63歳であったウィレム・デフォー(Willem Dafoe)は,ゴッホの没年齢37歳とは年齢的に大きな隔たりがあったが,深い皺や疲弊した表情は,芸術家が抱える加齢的負荷,孤独,鋭敏すぎた感受性を体現しており,特に違和感なくシュナーベルの美学的意図と密接に結びついている.
ゴッホの手紙や内的独白を挿入することで,外的事実の連続性よりも内面の流れが優先され,ゴッホの視覚と感情の再現というテーマと整合しているように見える.この象徴は,ゴッホの生涯を貫く「死の意識」を構造化する中心的要素となった.原題は,老人が両手で顔を覆い絶望に沈む姿を描き,死と救済の主題を苦悩のうちに孕む1890年の絵画《永遠の門にて》に由来する.シュナーベルは,観客を「永遠の門」という形而上の境界へと誘い,ゴッホの芸術は写実主義ではとらえ切れない,存在論的探求であったことを訴えたのである.
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原題: AT ETERNITY'S GATE
監督: ジュリアン・シュナーベル
112分/イギリス=フランス=アメリカ/2018年
© 2018 Walk Home Productions LLC
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