▼『もつと面白い廣告』天野祐吉

もっと面白い廣告 (ちくま文庫 あ 2-2)

 人間は広告する動物である.元始より人間は,PRをおこたることがなかった.だから,広告はもっとも人間らしい営みなのだ!と著者はいう.最近の広告はなかなか面白くなってきた.しかし,ムカシの広告はもっと面白かった.しんみり気持にうったえる広告,抱腹絶倒させて心をつかむ広告etc.“何しろ面白い”広告170点を紹介しながら,社会・世相を縦横に描出するユニークな本――.

 者は,広告をジャーナリズムの一分野と呼び,商品を紹介する以上に,その時代における意味づけを伝える行為として位置づけていた.広告は,一種の時代の報道であり,同時に人間が人間に向かって発するコミュニケーションの形式であるというのである.広告が持つ物売り芸の側面を肯定的に評価しつつ,その中に大衆の欲望,社会の価値観,文化の可笑しさを読み取ろうとする.本書に収録される明治・大正・昭和初期の広告は,その好例である.

 「歯磨スモカ」に代表される片岡敏郎の駄洒落めいた名コピー,蘭麝酒の耽美的な図案,あるいは「味の素」の科学的モダンさといった,多様な様式が横溢している.これらは今日の視点から見れば牧歌的ですらあるが,同時代の人々にとっては新しい生活や近代的感覚を期待させる文化の証であった.広告の評価軸が情報の質ではなく,情報の量に左右されやすいことを本書は指摘する.繰返しの刷込みによって,消費者はなんとなく馴染みがあるから,という理由で商品を選択する.

 この心理作用は,ベネディクト・アンダーソン(Benedict Richard O'Gorman Anderson)のいう「想像の共同体」にも似て,広告を通じて人々が共通の欲望や価値観を想像的に共有するプロセスといえるだろうか.現代の状況をみれば,HDDレコーダーによるCMスキップ,ウェブ広告のクリック回避に見られるように,消費者は情報の取捨選択を能動的に行うようになっている.2000年代後半の数百億円規模のTVCM損失試算は,まさに旧来型広告モデルの行き詰まりを物語るものであった.

 Amazonのレビューや価格.comの比較検索が普及した今日,広告は量で勝負する時代は確実に終焉へと向かいつつある.その一方で,かつてのレトロ広告が今日も魅力を放ち続けるのは,物を売るという直接目的を超えた言葉の力,ユーモア,文化的記号が込められているからである.広告は一過性の商業活動でありながら,時として詩や戯曲と同じように人々の記憶に刻まれる.広告を批評することは文化史を批評することにほかならないのである.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: もつと面白い廣告

著者: 天野祐吉

ISBN: 448002316X

© 1989 筑摩書房