| 裕福なモンクハイム家に嫁いだゾフィー・シャッテル=モンクハイムはフェビアン協会の会合に出席し,資本主義の弊害について雄弁に語る.彼女は偽善者で,富を享受していた.春のある日,彼女はシリア公爵を自宅に招き,公爵の好物であるビザンチン風オムレツをご馳走すると約束した――. |
20世紀初頭のイギリス上流階級の虚飾を皮肉る一篇.豪邸の食卓というミクロ空間を通じて,階級意識・政治的ポーズ・労働運動という複数の力学が一挙に噴出する.ゾフィーは,名門モンクハイム家に嫁ぎ,サロンで社会主義的言辞を弄するが,それは信念ではなくポーズに過ぎなかった.彼女の関心は,実際にはビザンチン風オムレツという異国情緒を帯びた料理を,シリア公爵の舌に供するという一種の儀式的成功に集中している.
東方趣味と帝国的幻想の香りを纏い,ゾフィーの階級的虚栄の結晶として描かれる食卓の祭典は,思いがけない形で階級闘争に蹂躙される.ガスパレというシェフの雇用が,使用人のストライキを誘発し,晩餐会の秩序を崩壊させるのである.ストの原因は,過去の労働運動に結びついていた.ガスパレはかつてスト破りを行った経歴を持ち,邸宅の静穏な階級秩序を攪乱する触媒となる.サキ(Saki)はこの一幕を,ほとんど喜劇的な連鎖で描いている.
上流社会の優雅な晩餐が実は労働者の協働に全面的に依存していたという皮肉.この作品が発表されたのは,イギリスにおいてファビアン協会を中心とする社会主義思想がサロン文化の一部として広まりつつあった時代である.だがその多くは,ゾフィーのように実際の階級闘争に対しては不感症であった.理念としての社会主義と生活実感としての階級秩序は両立するという幻想が,上流社会に根強く存在していたのである.サキはこの欺瞞を,オムレツという一皿料理をめぐる騒動に凝縮させた.
オムレツは,帝国趣味・上流の虚栄・労働依存の三重構造を象徴する記号である.なお,ビザンチン風オムレツという料理は,実際のレシピとしてはきわめて曖昧である.ビザンチン帝国の料理に関する文献はほとんど残っていないため,19世紀末から20世紀初頭にかけてのビザンチン風料理は,実質的にオリエンタリズム的な創作であった.したがって,この料理名が実体なき格式を体現しており,ゾフィーの努力がいかに空虚な虚飾であったかを痛烈に批判している.
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Title: THE BYZANTINE OMELETTE
Author: Saki
ISBN: 4102026010
© 1958 新潮社
