| パリで暮らすアメリカ人女性記者ジュリアは,45歳で待望の妊娠をはたすが,報告した夫から受けたのは,思いもよらぬ反対だった.そんな人生の岐路に立った彼女は,ある取材で衝撃的な事実に出会う.夫の祖父母から譲り受けたアパートのかつての住人は,1942年パリのユダヤ人迫害事件で,アウシュビッツに送られたユダヤ人家族だったのだ.さらにその一家の長女,10歳のサラが収容所から逃亡したことを知る.一斉検挙の朝,サラは弟を納戸に隠して鍵をかけた.すぐに戻れると信じて…. |
ナチス占領下のフランスで起きた最大規模のユダヤ人大量検挙事件――ヴェル・ディヴ事件(1942年7月16日-17日)――は,ヴィシー政権において9,000人を超える警察官と憲兵を動員し,パリおよびその周辺で13,152人のユダヤ人を一斉検挙した.そのうち4,115人は子どもであり,ナチスの命令に従ったのみならず,フランス警察自らが積極的に加担したことを示す事実である.
国家責任を公式に認めたのは,戦後50年以上を経た1995年,大統領ジャック・シラク(Jacques René Chirac)による歴史的演説においてであった.この発言は,戦後フランスの「記憶の政治」における大きな転換点として記憶される.本作はサラの物語と並行して,60年以上後の現代に生きるアメリカ人ジャーナリスト,ジュリアの視点で進む.ジュリアはヴェル・ディヴ事件の取材を通じて,サラの軌跡を辿るうちに,自身の人生と対峙することを余儀なくされる.
ワークライフ・バランスや母性の問題といったモダンなテーマは,歴史的悲劇と安易に並置すれば陳腐になりかねないが,本作は両者を緩やかに接続することで,過去と現在の「女性の選択」という普遍的課題を提示する.サラの死因を知ったジュリアが,その名を自らの娘に与えるという結末は,記憶の継承と忘却に抗う小さな抵抗として意味を持つ.興味深いのは,取材中にジュリアが「ヴェル・ディヴ」という名を口にした際,若い編集者がそのスペルを尋ねる場面である.
描写は,歴史的記憶の断絶を示すと同時に,教育とメディアの責任を暗に問う.フランスでもヴェル・ディヴ事件は長らく公的教育において十分に語られてこなかった.この点で,記憶の継承という重要性が確かに認められる.ただし,題材やプロットは陳腐であることは否定できない.個人の悲劇を現在と交差させる構図は,ホロコーストを扱う作品群において頻出のスタイルである.しかし,反復性自体がある種の価値を持つともいえ,歴史は忘れ去られたときに再び暴力を生む,という認識が根底にあることもまた事実であろう.
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原題: ELLE S'APPELAIT SARAH
監督: ジル・パケ=ブランネール
111分/フランス/2010年
© 2010 - Hugo Productions - Studio 37 - TF1 Droits Audiovisuel - France2 Cinema
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