| 1867年,パリで開催された第二回万国博覧会で喜多川歌麿,葛飾北斎,歌川国貞ら,江戸時代を象徴するアーティストたちの浮世絵が紹介され,ジャポニズム文化と呼ばれ,マネ,ドガ,ルノアール,ゴッホなど,彼らの興味は東洋的な「物」から「浮世絵」の平面的で陰影の無い色彩や構図へ広がって行く……「愛のうつし絵」は,絢爛たる色彩,精緻なる彫りそして,ドラマティックなシチュエーションを見事に描き出した…. |
江戸文化の核は,徹底した現世肯定にあった.享楽と風雅が交差する都市空間は,閉鎖的な武士社会を相対化し,庶民文化を独自の頂点へと導いた.その自由の背後には,常に規制とのせめぎ合いが潜んでいた.浮世絵や黄表紙に見られる性愛表現――いわゆる春画や風俗絵――は,しばしば幕府の検閲の網にかかった.天保の改革では,風紀粛清を名目に遊廓や芝居に対する規制が強化され,多くの出版物が没収された.こうした統制は創作を死滅させるどころか,職人や絵師たちに巧妙な言葉遊びや暗喩技術を育ませた.
黄表紙の挿絵では,人物の着物の文様や背景に意味を潜ませる見立てが多用され,検閲をかわしつつ,批評精神を忍ばせた.この二重構造こそ,江戸文化の機知と粋の本質であっただろう.和歌や俳諧を嗜み,教養を備えた花魁は,男性客とのやり取りを通じて新語や流行歌を広め,文芸や流行を発信する文化的媒介者でもあった.歌舞伎や人形浄瑠璃は,今日の映画やテレビに匹敵する大衆メディアであり,舞台役者の人気は現代のアイドルを凌駕するほどであった.
観客は,役者の「型」や衣装,舞台装置の美を愛で,舞台外では役者絵や錦絵を収集した.この構造は,現代の芸能産業やファンダム文化と驚くほど類似している.江戸の芝居小屋は都市文化の情報拠点であり,流行や価値観を生産する場であったのだ.江戸の娯楽産業には,現代のSNSやメディア空間を先取りする「参加型文化」の萌芽が認められる.江戸の美意識は,権威から距離を取り,余剰を享受し,異文化を翻訳する能力に支えられていた.その自由さは,現代の管理社会や情報統制に抗する想像力の源泉となり得るものだった.
浮世絵師・喜多川歌麿は,性表現を理由に度重なる摘発を受け,最晩年には手鎖50日の刑を科されたが,幕府の道徳統制に加え,浮世絵が情報メディアとして強大な影響力を持ち始めていた.七代目市川團十郎の舞台を告げる錦絵は,宣伝媒体として情報と欲望を結びつける装置として機能した.こうした事実は,娯楽が同時に情報であり,文化産業の中枢を占める構造を鮮やかに示すものといえる.娯楽の情報性に光を当てるとき,江戸と現代の文化産業をつなぐ線が見えてくるのである.
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原題: 愛のうつし絵
監督: 秋穂健
98分/日本/1989年
© 1987 ローランズフィルム
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