■「ガタカ」アンドリュー・ニコル

ガタカ [Blu-ray]

 DNA操作で生まれた"適正者"だけが優遇される近未来.自然出産で生まれ,劣性遺伝子を持つ人間は"不適正者"として差別されていた.そんな不適正者の一人ビンセントは宇宙飛行士になる夢を抱いて家族のもとを飛び出し,優秀な遺伝子を持ちながら事故で下半身が不自由となった若者ジェロームと出会う….

 ィストピア的近未来を舞台に出生前の遺伝子操作によって有効種(Valid)と無効種(In-Valid)に分類,人間の価値を遺伝的可能性によって測る冷酷な世界.だが本作の主眼は,そうした制度の残酷さを暴くことではなく,それでもなお自由意志や努力,魂が科学を超えるという信念にある.ガタカとは,DNAを構成する4つの塩基(Guanine,Adenine,Thymine,Cytosine)の頭文字から成る語でGATAやCAといった短いタンデムリピート領域を指し示す.

 アイコンも極めて巧妙である.有効種のIDには無限大記号(∞)が表示され,無限の可能性を持つ存在として社会的に保証されていることを示す.一方,無効種には短剣(†)が付される.これは生物学的分類においては絶滅を意味し,同時に十字架に似た形状であることから,宗教的殉教を象徴する役割も担う.作中で,自然妊娠で生まれたヴィンセントが「神の子」と呼ばれる場面は,短剣記号が単なる淘汰のマークではなく,むしろ神聖さを逆説的に内包していることを示唆している.

 遺伝子編集によって選ばれた者が神に代わって生命を選別する立場に置かれ,自然な者がむしろ神に近い位置にいるという皮肉が生まれる.遺伝子という科学的記号に支配された社会で,あえて「人間とは何か」という古典的主題を再構築しているのである.無効種として生まれたヴィンセントは,遺伝子改良された有効種たちを出し抜き,夢である宇宙飛行士の座を勝ち取る.科学的合理性を超えた,優生学の延長線上にある未来の倫理的空白地帯を予見する.だが,社会がどれほど制度化されても,魂だけは検査できない.

 削除されたオリジナルエンディング――アインシュタイン(失読症),リンカーン(マルファン症候群),J・F・ケネディ(アジソン病)といった歴史上の偉人の写真が提示――では「もし彼らが遺伝子検査で排除されていたら」という仮定が突きつけられた.しかし,これはテスト視聴段階でカットされた.観客の一部が,自分自身が「遺伝的に不完全」とされることに不快感を示したためである.この削除は,本作がまさに描こうとした問題――誰が完全で,誰が不完全なのかを誰が決めるのかという問い――が,現実の観客にも突き刺さる強度を持っていたことの逆説的な証明となった.

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原題: GATTACA

監督: アンドリュー・ニコル

106分/アメリカ/1997年

© 1997 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC