| 自殺した作家の伝記を執筆するため,大学教員オマーは遺族の住む南米にやってきた.作家の兄アダムは同性愛の恋人ピートのために危険な金儲けをオマーにもちかけ,妻キャロラインは伝記の申し入れを拒絶,愛人アーデンは若いオマーの出現に心を高ぶらせる.それぞれが"幸せの最終目的地"にたどり着くため,今の生き方を見つめ直していく…. |
物語の発端は,ウルグアイの辺境にある亡き作家ユルス・グントの邸宅.そこに暮らすのは,未亡人,愛人とその娘,兄アダムと同性のパートナーという,通常の社会規範から逸脱した「非定型家族」である.イギリス,アメリカ,ドイツ,日本といった本国を離れ,ラテンアメリカの土地に根を下ろした〈離散者〉である点が共通している.彼らにとってこの邸宅とは,選ばれた亡命先であり,他者からのまなざしを拒否する静かな楽園である.共同体に外部から介入するのが,若き大学講師オマーである.アメリカの大学で任期付きの職を得たものの,その立場は不安定であり,グントの伝記執筆という課題は,自己のキャリアを安定させるための手段に過ぎない.
オマーが南米で受ける洗礼――養蜂場で蜂に刺され,ぬかるみに足を取られるなどの不条理な受難――は,土地に属していないことを象徴的に示している.異文化摩擦の描写ではなく,帰属と周縁というアイデンティティの問題に対する視覚的な寓意でもある.だが本作は,外部者であるオマーの視点に終始するわけではない.むしろ,この外部性に対して住人たちがどう反応し,静的だった時間にいかなる揺らぎが生じるかに焦点を当てていく.言い換えれば,この映画の本質は,死者の遺した場所に生者が再び呼吸を始める,その瞬間にある.作中,もっとも複雑な関係性を帯びているのが,ユルスの兄アダムとその恋人ピートの同性愛関係である.ピートはもともと原作ではタイ人という設定だったが,真田の起用が決定した段階で,即座に日本人設定へと変更したという.
真田の演技は控えめながら,アンソニー・ホプキンス(Anthony Hopkins)の存在感を吸収し,それを対位法的に支える.25年という長い関係性が持つ重さと,もはや説明し尽くされた沈黙とを,言葉を介さずに体現する演技は,真田広之のキャリアにおける異色ながらも重要な到達点である.真田はこの役で,セリフよりも呼吸とまなざし,身振りによって「成熟」を演じきった.一見したところ,この映画の筋書きには大きな展開はない.だが,実際にはこの沈黙と停滞こそが,物語そのものである.オマーによって持ち込まれた時間の流れと目的が,邸宅に長く停滞していた空気を撹拌し,登場人物たちは微細な変化を強いられていく.未亡人は心を開き,愛人は未来を想像し,娘は旅立ちを予感し,アダムとピートは長年の関係に揺らぎを感じる.この一連の変化は,いずれも声高に語られることなく,余白と間合いの中に忍び込む.
撮影はウルグアイではなく,アルゼンチンのコルドバ地方で行われた.登場人物たちは皆,どこかに「属していない」.だからこそ,彼らの最終目的地は物理的な場所ではなく,誰かと時間を共有しうる状態なのである.この映画において,最終目的地とは死後の安寧でも,作家の人生の総括でもない.人生の途中でふと訪れる転換点であり,再始動点である.ジェームズ・アイヴォリー(James Ivory)は本作において,耽美主義的な映像美と抑制された演技,文化的な周縁に生きる者たちの感情を,細密画のように重ね合わせている.20世紀末の終わりを告げるように,この映画は声を上げずに抗う者たちの肖像画である.移民,同性愛者,未亡人,愛人,蜂に刺される若き文学徒――彼らは決して声高ではないが,確かに生きており,それぞれの場所で「次の物語」へ向かおうとしている.
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原題: THE CITY OF YOUR FINAL DESTINATION
監督: ジェームズ・アイヴォリー
117分/アメリカ/2009年
© 2008 ST. PANCRAS INC.
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