■「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」ゲロ・フォン・ブーム

ヘルムート・ニュートンと12人の女たち [DVD]

 1920年ベルリンに生まれ,映画やラジオなどの大衆文化が広まったワイマール文化の中で育ったニュートンは,50年代半ばから各国版の「ヴォーグ」誌をはじめとするファッション誌にユニークかつ衝撃的な作品を次々と発表.ワーグナーの歌劇に登場する女神のような女性たち,バロック趣味のインテリアや建築物に覆い尽くされた作品世界は,それまでの着せ替え人形のようなモードを見慣れていた読者に強烈なインパクトを与えた….

 ェティシズムを伴うエロティシズムの写真芸術を語るうえで避けては通れない鬼才ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)の功罪を冷静に見つめ直すドキュメンタリー.ファッション写真の世界に革命をもたらしたニュートンの功績は疑いないが,その過激な女性表現をめぐっては今日でも賛否が分かれる.本作の優れた点は,そうした論争を無理に整理せず,むしろ矛盾と二面性をそのまま提示しているところにある.ニュートンは,1940年代にナチスから逃れたユダヤ系ドイツ人という出自を持ち,戦火を逃れてオーストラリアへ亡命した.

 美学の根底には,抑圧と解放,権力と従属,肉体と権威という二項対立が常に潜んでいると言われるが,亡命者という境遇に起因している可能性が高い.この心理的背景は,撮り続けた支配的で挑発的な女性像と密接に関係しているとする見方もある.本作には,シャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling),イザベラ・ロッセリーニ(Isabella Rossellini),グレイス・ジョーンズ(Grace Jones),クラウディア・シファー(Claudia Schiffer,)らニュートンと深い関わりを持ったミューズが被写体として,あるいは共犯者としてニュートンの作品世界にどう関与したかを語っている.

 とりわけ印象的なのは,これらの女性たちが口を揃えて「ニュートンのカメラの前では,自分たちが主体だった」と述懐する点である.写真は男性目線による女性の客体化であると批判される一方で,実際の被写体たちは,自らの意思でそのフレームの中に立っていたという事実が,このドキュメンタリーを複層的にしている.ニュートンは生前,「私の写真が気に入らないなら,見なければいい」と豪語していた.意図的にスキャンダラスなイメージを発表し,議論を巻き起こすことを芸術行為の一環と捉えていた.実際,代表作《Big Nudes》シリーズは,当時のパリ警察にポルノとみなされ,一時展示が禁止される事態にまで発展した.

 その一方で,自身の作品を女性の力強さと美しさの賛美とも語っており,この二重性こそが写真を挑発に終わらせない理由でもあった.本作は,ヘルムート・ニュートンを巨匠として称賛することも,逆に断罪することもせず,被写体・批評家・家族・本人の言葉を丁寧に交錯させることで,存在をあくまで「未完成の問い」として提示している点が誠実である.彼の写真が持つ暴力性と美の境界線を観る者に突きつけ,その評価をあえて観客に委ねた本作は,ニュートンの写真芸術を知るうえで欠かせない秀作といえるだろうか.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: HELMUT NEWTON - THE BAD AND THE BEAUTIFUL

監督: ゲロ・フォン・ブーム

93分/ドイツ/2020年

© 2020 LUPA FILM / MONARDA ARTS / ZDF