| 古今東西の神話・伝承に登場する英雄たちを,ユング心理学の原理に立って分析し,そこに現れる無意識の象徴の意味を明かす.古今東西の神話・伝承に登場する英雄たち(アポロン,ブッダ,キリスト,マホメット,老子,アマテラス…)を,ユング心理学の原理に立って分析し,そこに現れる無意識の象徴の意味を明かし,われわれが,己の内なる真実に心開くように励ましている――. |
20世紀以降の神話論に決定的な影響を与えた名著.その骨格は,ユング心理学の集合的無意識論と元型(archetype)概念を基盤に,世界各地の神話を比較検討したうえで導き出される単一神話構造(モノミス)という仮説である.英雄の物語には例外なく「出立―試練(イニシエーション)―帰還」という三段階の構造が内在し,文化や時代,宗教にかかわらず驚くほど一致しているという.この構造は,ギルガメシュの旅,オデュッセウスの漂泊,イアソンの冒険,ブッダの修行,ナヴァホ族の双生児の神話にいたるまで,いずれも人間精神の深層に共通する成長の過程を象徴化している.本書の独自性は,これらの神話を心理的エネルギーの「象徴的結晶」と見なし,それを神の構造にまで拡張した点にある.
あらゆる神話的存在は,信仰対象である以前に,人間の精神が自己変容を投影した結果なのである.出版された1949年当初,本書は学界からほとんど無視されていた.文献的価値の高さは認められていたが,あまりに包括的かつ抽象的で,宗教学・人類学・心理学・文学のどの分野にも収まりきらなかった.転機となったのは,1970年代に「スター・ウォーズ」の創造者ジョージ・ルーカス(George Walton Lucas)が,本書に啓示を受けたと公言したことである.アナキン・スカイウォーカーの母シミが処女懐胎で息子を産むという設定は,ヒンドゥー神話の女神ラクシュミーの属性に酷似している.また,ジェダイ寺院の建築様式がクメール王朝のアンコール・ワットを参照していることも,キャンベルが本書で述べる東西神話の同型性への敬意の表れである.
ルーカスは,キャンベルをカリフォルニアの自宅に招き,何時間にもわたって神話談義を交わした.ハリウッドにおいては,キャンベル神話法則として英雄譚のテンプレート化が進み,2000年代には「ヒーローズ・ジャーニー・ワークシート」なる制作ツールも出回るようになった.あらゆる物語がこの母型(プロトタイプ)に収斂していく傾向を見せたのも,本書の影響力を裏付ける.人間の無意識における象徴の意味を,ユング心理学の原理に立って構造を論じたジョゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)の功績は,神話を文化相対主義の装置としてではなく,人間精神の内的発露として定義したことにある.
神とは信じるものではなく,意味されるものであり,ソシュール的記号論を踏まえつつも,象徴には人間の根源的な欲求の"痕跡"が染み込んでいると捉えた.ゆえに神話は,民族や宗教を超えて,変容・叡智・統合というプロセスを反復的に語るのだ.本書は,神話を精神の設計図として読み解くための鍵であり,同時に,物語とはなにか,人間とはなにかを探るための普遍的な装置である.書名に込められた"千の顔"とは,変わりゆく文化と語りのなかで,その都度新たな仮面をまといながら,変わらぬ本質を語り継ぐ,人間存在のメタファーなのである.
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Title: THE HERO WITH A THOUSAND FACES
Author: Joseph Campbell
ISBN: 4409590081, 440959009X
© 1984 人文書院

