■「墨東綺譚」新藤兼人

墨東綺譚 [DVD]

 昭和12年,朝日新聞紙上に登場した永井荷風の「濹東綺譚」は全ての日本人を興奮のるつぼに巻き込んだ.大学教授,文化勲章受章者,日本を代表する小説家であると共に,一代の遊蕩児であった永井荷風.お雪と荷風の真っ赤に咲いた狂おしい恋,ロマンスは万人を陶酔の夢に誘い込んだ.日本文学史上に輝かしい業績を残した「断腸亭日乗」を並行させ,荷風八〇年の生と性を赤裸々に描く….

 井荷風の流儀には,美学と矜持と,ある種の絶望が同居していた.自ら掲げた三つの戒律──「人前で酔わない」「処女を犯さない」「素人の女に関係しない」──いずれも,放蕩を享楽としてではなく,己の信条と美意識に裏打ちされた儀式とするための自己規制であった.荷風にとって,それは芸と性を混同せぬための一線でもあった.そのような荷風が,玉ノ井の私娼街で26歳の娼妓・お雪と出会ったのは,58歳のとき.己の性欲の衰えを察し,創作意欲の枯渇に怯えるなかで,お雪は「晩成の放蕩」にふさわしい伴侶となる.お雪は,どこか中間的な存在であった.洗練されすぎず,かといって卑俗にも堕ちぬ美しさを備え,しかも荷風の脆さを包む包容力をもつ.

 娼妓の世界は,暗黒の人間模様が凝縮された舞台である.芸者や花魁のように格式ある立場の者もいれば,生活に疲れた素人の女が堕ちていく道としての私娼もいる.そのなかで,愛憎,老い,貧困,そしてときに開き直った生命力が渦巻く世界.それは,文学における倫理や快楽の二項対立では捉えきれない複雑さを孕んでいる.菅野昭正の言う「醜悪,残酷,悲惨,汚辱など人間生活の暗い側面」という形容は,その現実の一端を鋭く突いている.本作において新藤兼人は,荷風の同名小説に加え,『断腸亭日乗』の記述を丹念に掘り起こしながら,大正時代末期の世相と人情を丁寧に描出した.荷風の日記には玉ノ井周辺の地図が手書きで添えられており,「この町を背景となす小説の腹案漸く成るを得たり」と記すなど,小説と実人生の境界があえて曖昧にされている.

肉体の歓喜を与えない女はどうして女の値打ちがありましょうや.文学とぼくの女は一体なのです.だから,家庭なんかに縛られたくないのです.子孫繁栄をのぞみません.子供なんか,僕の文学には邪魔なんです

 荷風が「結婚には我が意なし」と言い続けたにもかかわらず,お雪から結婚を迫られる場面でついに言質を取られるという顛末.これは気の迷いではなく,惚れた弱み──否,文学に殉じた男の最後の人間的な敗北としてこそ美しい.なお,お雪のモデルとなった実在の女性・おすみ(諸説あり)は,戦後の玉の井消滅後もひっそりと暮らしていたという.津川雅彦が荷風を演じるにあたり,当初は「色気が足りない」と批判されたが,実際の演技ではその洒脱さと無頼ぶりが絶妙にバランスされていた.とりわけ,銀座のカフェで菊池寛と相まみえる場面が秀逸である.

 菊池は「文壇に永井荷風という異分子あり,恒産あるをもって,好色暖衣,一時なすこともなく,…この世に生存させてはならない」と評したが,当の荷風はそれを涼やかに受け流し,飄々と煙草をくゆらす.その姿は,もはや文壇の異端ではなく,都市の影を愛した一人の詩人として,孤高の存在であった.お雪を演じた墨田ユキは,その芸名からしてすでに役と渾然一体化しており,純朴さと妖艶さの二面性を併せ持つ演技が高く評価された.彼女の眼差しには,荷風の一途な妄執とどこか滑稽な弱さを包む,沈黙の哀しみと強さが宿っている.『墨東綺譚』は,荷風という男の美学と破滅を刻印した記録である.それはまた,都市の片隅にかすかに漂う,生の残り香をすくい取る試みでもあった.

墨東綺譚 [DVD]

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原題: 墨東綺譚

監督: 新藤兼人

116分/日本/1992年

© 1992 近代映画協会