▼『書くことについて』スティーヴン・キング

書くことについて (小学館文庫) (小学館文庫 キ 4-1)

 ベストセラーを次から次へと生み出す,アメリカを代表する作家が,自らの「書くことについて」を解き明かしした自伝的文章読本.作家になるまでの苦闘物語から始まり,ドラッグとアルコール漬けの作家生活を語る半自叙伝の回想.書くために必要となる基本的なスキルの開陳.いいものを書くための著者独自の魔法の技.そして「書くことと」と「生きること」を重ね合わせる作者自身の人生観まで.ひとりの作家の「秘密」がそこかしこに語られるドキュメンタリー――.

 く行為に人生を捧げた一人の作家の,血と汗とユーモアに彩られた言語の旅路の記録である.物語を作る以前に,物語に生きること.スティーヴン・キング(Stephen King)の筆致は,作家志望者に対してこうすれば書けるというHow-Toではなく,こうして書かずにはいられなかったというWhy-Toを提示する.驚くほど赤裸々で,しかしどこか可笑しみを含んだ半生の回想である.貧しいトレーラーハウスでの暮らし,無礼なベビーシッター,皮膚をただれさせたツタウルシ,洗濯工場の悪夢.

 ディテールはキングの小説の伏流をなしており,そこからホラーというジャンルに馴染まないはずの,妙に生々しいリアリティが立ち上がってくる.『キャリー』誕生のエピソード――最初は原稿をゴミ箱に捨てたが,それを妻が拾い上げ「少女の視点に立って書いてみては?」と助言した――は,出版史上最も有名な"奇跡"のひとつである.キングは幾度も繰り返し,作家として成功した理由に「自分が書いたものを信じてくれた,たったひとりの読者がそばにいたこと」を挙げている.本書の後半では,一転してストイックな創作指南が展開される.

われわれ三文文士の多くもまた,及ばずながら言葉に意を注ぎ,物語を紙の上に紡ぎだす技と術に心を砕いている.本書のなかで,私はいかにして『書くことについて』の技と術に通じるようになったか,いま何を知っているのか,どうやって知ったのかを,できるだけ簡潔に語ろうと思っている.テーマは私の本業であり,言葉である

 「副詞は地獄への道標」「プロットは作らない,人物に任せる」など,従来の創作論とは一線を画する断言が並ぶ.道具箱(toolbox)という比喩を使い,文法,語彙,構文,比喩,会話文の処理といった基礎技能を鍛えよと説く.その道具は,一朝一夕で手に入るものではない.アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway)の硬質な文体,ジョン・グリシャム(John Grisham)のリアリズム,H・P・ラヴクラフト(H.P.Lovecraft)の技巧過剰を読み込み,その構造を見破る読書力を培うことが重要だとされる.キングにとって,読書は創作のための呼吸であり,書かない作家は「泳がない魚と同じ」と断じる.

 どれだけ原稿を寝かせるか,推敲とは"聞こえ"を整える作業といった具体的な技術も惜しみなく語られる.パラグラフの運び,読者の想像力に働きかける文体,テンポとリズムを音楽のように扱うセンス――キングの作家論は地味な反復の力への信仰と,読者に敬意を払う技術という2本の柱で成り立っている.筆技術の指南書でありながら,作家としてどう生きるかという問いへの真摯な応答でもある.読者はこの本を読み終えたあと,ただ文章を上手く書こうとするよりも,なぜ物語を書きたいのかと自問するようになるだろう.そのとき,キングの本当の教えが始まるのである.

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Title: ON WRITING - 10TH ANNIVERSARY EDITION - A MEMOIR OF THE CRAFT

Author: Stephen King

ISBN: 9784094087642

© 2013 小学館