■「異人たちとの夏」大林宣彦

異人たちとの夏 [DVD]

 妻子と別れ,孤独な日々を送るシナリオ・ライターの原田は,故郷である東京・浅草で幼い頃に死別した若い父母とそっくりな二人に出逢う.死んだはず,しかし確かに"再会"した母は,原田がまだ12歳の時のままの美しい姿だった.いっぽう原田はケイという女とも出会うことになる.渇き切ってしまった生活のなかに,そっと忍び込んできた儚い幻想.その夏,原田は少年に戻った.父,34歳.母,32歳.そして子供である自分自身は40歳.不思議な時間と非現実の空間が交錯する….

 壇,社,依代に祖先の霊が宿り,それは迎え火とともにやってきて,送り火とともに去っていく.7月ないし8月中旬に行われる仏事・盂蘭盆に限っては,実体のない霊魂が存在を現世の人々に知らせる.それが祭祀の対象となってきた.小泉八雲のとらえた霊魂の観念では,"ghostly"(霊的なもの)は,長い年月が経過しても消滅することなく,リインカーネイション(再生)することで,その存在を現世の人々に知らせる.怨念が「魔」を帯び現世を震撼させることもあれば,懐かしい情愛を再現することもある.

 いずれの場合にも,次元のいたずらか,黄泉の国の民となった故人と邂逅してしまった者は,彼らとどれだけ歓喜を交わそうとも,いずれ黄泉の世界に引きずられる.怪談・牡丹燈籠よろしく,異人であれば,たとえそれが肉親であろうと,この世に迷い出た亡霊であることに変わりはないだろう.本作は,死別した両親との再会という奇跡,僥倖に恵まれた中年男の運命と岐路を主題としている.それと表裏をなすのは,尊ぶべきものを尊び,恐れるベきものを畏怖する日本的"ghostly".

 記憶に懐かしい浅草の軒並み,昔となんら変わらず甲斐甲斐しく世話を焼き,齢40の自分を子ども扱いする両親.すべてが懐疑を誘う幻のよそおいだが,生者と死者を隔てる法則は,厳然として揺るがない.この世から去ってしまった時から慕い続けた両親の霊魂,その限りない愛に無条件に抱擁されるパート(片岡鶴太郎と秋吉久美子がすばらしい),もうひとりの「亡霊」に魅入られるパートが滑稽なくらいに区分され,木に竹を接ぐ感は残念の一言.

 仲夏から晩夏にかけ出会った人々は,異人であり確かに自分は「呼ばれた」.邂逅できるはずもない人との温かく懐かしい交流が,むせ返る熱気の季節に実現したものの,彼らは住むべき世界へと還っていった.三途の橋を渡りかけた,不可思議な体験を回顧する主人公は,リインカーネイションを経験したということだ.その真実だけが彼に残り,ある種のエナジーが与えられたような満ち足りた表情をしている.温かさの中にすうっと寒気が奔る独特の鑑賞感である.

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原題: 異人たちとの夏

監督: 大林宣彦

110分/日本/1988年

© 1988 松竹