| 子役スター"ベビー・ジェーン"として一時代を画したジェーン,遅咲きながら実力派女優として名を馳せた姉ブランチ.人気絶頂期にブランチが車の事故で下半身不随になり,姉妹は人目を避けるかのように二人きりで暮らしていた.孤独な日々の中,ジェーンは次第に奇行が目立ち始めるが…. |
チャールストンコンテスト(1923年)で優勝し,映画製作会社MGMと契約を結んだジョーン・クロフォード(Joan Crawford)は,人気絶頂期には年間90万通のファンレターを受け取っていた.しかし,1930年代の終わりには出演料と興行成績の「反比例女優」とレッテルが貼られ,ワーナーブラザースへの移籍後の1960年代には人気は降下していた.一方のベティ・デイヴィス(Bette Davis)は,1929年にブロードウェイで華々しくデビューし,ユニヴァーサル映画を経てワーナーブラザース契約時代に製作者に恵まれ,「フィルムのファースト・レディ」と呼ばれる地位を築いた.1938年から1942年まで,主演の演技部門で5年連続アカデミー賞にノミネートされたのは,空前の記録である.しかし,1949年にワーナーブラザースを離れてからは人気が急落していった.
ともにオスカー女優,ワーナーブラザースを触媒あるいは起点として栄華を味わった点で,この2人はよく似たキャリアである.本作では,名子役の栄光期を食い潰し,燻り続ける老女優の狂気を演じてみせたデイヴィスに評価が集中し,彼女はこの年のアカデミー賞にノミネートされた.もう1人の主演女優クロフォードはその選に漏れ,怒り心頭のクロフォードはデイヴィスを出し抜くため,同賞ノミネート女優全員に手紙を送りつけている.「授賞式に欠席される場合は,私を代理人にご指名下さい.あなたに代わって喜んでオスカーを受け取ります」.
「奇跡の人」(1962)のアン・バンクロフト(Anne Bancroft)が受賞本命,との下馬評をききつけ,クロフォードは事あるごとにこの作品のバンクロフトを賞賛し続けた.受賞の蓋を開けると,果たして受賞者はバンクロフトであったが,ニューヨークで舞台出演のため本人は授賞式を欠席した.その代理としてトロフィーを受け取ったのは,クロフォードだったのである.しかも,目撃者の談によれば,バンクロフトの名が司会者に呼ばれ壇上にあがる際,クロフォードは近くに座っていたデイヴィスの肩にわざわざ手を置き,意気揚々とステージに向かったという.23年後,デイヴィスはTV番組で「あの女は自分が受賞した気になってバンクロフトに1年もオスカーを渡さなかったそうよ.自分のオスカーでもないのにバカな女よ」と吐き捨てた.
これほど醜悪な敵愾心を隠そうともしない名女優の振る舞いの前には,劇中のジェーン/ブランチ姉妹の確執,とりわけ往年の映画ファンや批評家の度肝を抜いたというデイヴィスの役作りも一気に霞む.顔面を真っ白に塗りたくり,「ベビイ・ジェーン」時代のフリルのドレスを揺らして舞う老婆.それも醜態ではあるが,狂気と悔悟の中に微妙な和解を含ませたストーリーに反して,現実の二大女優の間には血の通った感情交流の跡は皆無で,ショービジネスの覇を競うグロテスクな獣心ばかりが印象付けられるのである.この2人を主演に据えるなら,本作である必要はなかった.誰のどんな作品であっても――監督や脚本を問わず――すべて同じ結果を招いたことだろう.その意味で,肝心の映画本体の存在感が希薄なのである.
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原題: WHAT EVER HAPPENED TO BABY JANE ?
監督: ロバート・アルドリッチ
132分/アメリカ/1962年
© 1962 The Associates & Aldrich Company Inc., Warner Bros. Entertainment Inc.
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