▼『自由・平等・清潔』ジュリア・クセルゴン

自由・平等・清潔: 入浴の社会史

 清潔=美徳,不潔=悪徳という観念は,いつ,どのようにして生まれたのか.肉体の清潔と精神の清潔を同一視したブルジョワ・イデオロギー成立の過程を追い,衛生思想の源をさぐる――.

 ランス革命以降の共和制国家における衛生思想の変遷を,医学史や都市政策史の枠を超えて読み解く一書である.共和制フランスが掲げた自由・平等の理念に「清潔」という第三の規範がいかにして接合されたのかを明らかにしようとする.19世紀以前のパリが,いかに衛生に無頓着であったかという驚くべき実態がある.1851年のパリ調査で「パリの住民は年に1度しか風呂に入らない」というデータが示されたが,決して誇張ではない.ルイ14世(Louis XIV)すら「水は体を弱める」と信じており,生涯で数回しか入浴しなかったという逸話は,今日の衛生観念との断絶といえるだろうか.

 こうした状況は,16世紀に公衆浴場が売春と疫病の温床と見なされて廃止されたことに起因する.水と接触すること自体が不道徳,不安定を意味した時代に,身体の清潔を志向する文化が成立するには,パラダイム転換が必要だった.その転換点こそが「細菌の発見」である.ルイ・パスツール(Louis Pasteur)による微生物学の革新は,悪臭や垢といった感覚的な不快の正体を,目に見えない病原体として可視化する手段を与えた.これにより,においや見た目の不潔は,審美的問題ではなく,生命の脅威へと転化された.清潔は宗教的徳目から「衛生」という名の科学的・道徳的イデオロギーに変貌を遂げる.

 メソジスト派の「清潔は神性に次ぐ」という思想は,この時代の空気を象徴しており,プロテスタント的労働倫理とフランス革命的市民理想が,奇妙にも親和的に交錯する点を本書は看破する.清潔イデオロギーは,階級秩序と不可分であった.不潔な身体は病の温床であるばかりか,道徳的退廃と結びつけられた.下層階級は清潔への意志が欠けているがゆえに劣悪であり,逆に清潔であることは市民的美徳の証しとされた.これは,公共浴場や上下水道の整備といったインフラ政策が,実際には都市のブルジョワ階級による「空間の道徳化」であったことを意味する.清潔であることは,自由や平等と同様,共和国の市民になるための条件として政治的に要請されたのだ.

 本書が明らかにするのは,「清潔」という一見中立的な衛生観念が,いかにして国家・階級・道徳の複合的言説へと仕立て上げられたかという構造である.Liberté(自由),Égalité(平等)に並ぶPropreté(清潔)が,共和国の隠された三本目の柱として機能していたという主張は,寓意的というよりもむしろアイロニカルな真実である.フランスで最初の公共シャワー施設はパリではなくナントに設置され,料金が高すぎて庶民が使えなかったという.清潔のイデオロギーが庶民の実態とは乖離していた事実は,衛生の名を借りた排除のメカニズムを示している.著者は,衛生主義的理想がリベラルな前進を支えたとしながらも,衛生思想にひそむ階級的偏見と政治的寓意性を暴き出しており,制度化された「清潔」なるものへの批判的想像力を呼び起こす.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: LIBERTÉ, ÉGALITÉ, PROPRETÉ

Author: Julia Csergo

ISBN: 9784309241302

© 1992 河出書房新社