■「フルメタル・ジャケット」スタンリー・キューブリック

フルメタル・ジャケット [Blu-ray]

 ベトナム戦争に従軍するべく,兵士に志願したアメリカの若者たち.その訓練所では,地獄のような非人道的教練が行われていた.そこでのさまざまな経験,そして戦地に渦巻いていた狂気は,彼らの精神を容赦なく蝕んでいく….

 争映画は通常,戦場の悲惨さや英雄譚を描きながらも,どこかで物語の快感に収斂していく.しかし本作は,そうした物語的なカタルシスを排除し,戦争を一貫して人間機械化のプロセスとして冷酷に描く.本作は,撮影期間においても伝説的である.当初,撮影はわずか17週間の予定だったが,結果的に1年半に及ぶ長丁場となった.これはスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)の完璧主義によるものであり,新兵ジョーカー役のマシュー・モディーン(Matthew Modine)は,ワンシーンで60回以上のテイクを強いられた.ときには,現場にストレスが充満し,共演者がキューブリックの命令に従わず怒声を上げることもあったが,キューブリックは苛立ちこそリアルな兵士の心理として意図的に放置したという.

 圧倒的なインパクトを残したハートマン軍曹役のリー・アーメイ(Ronald Lee Ermey)は,元はテクニカルアドバイザーとして呼ばれた元海兵隊軍曹であった.当初,役者の演技を指導する立場だったが,デモンストレーションがあまりにも迫真だったため,キューブリックは予定されていた俳優を降板させ,アーメイを正式にキャスティングした.この変更は,結果的に映画史に残る伝説的な鬼軍曹像を生んだ.アーメイの罵倒台詞の大半はアドリブであり,撮影前に実際の訓練所さながら,出演者たちを本当に怒鳴り散らしながら鍛えたことで,現場に"軍隊式"の緊張感を持ち込んだ.後半の戦場シーンはロンドン郊外の廃工場で撮影され,わざわざパームツリーを香港から船で輸送し,建物の外壁に弾痕を再現するためにキューブリックは数ヶ月を費やした.

 ロケ地の選定において,実際のヴェトナム戦場よりも「頭の中の戦場」を優先したことを後に語っており,つまり戦争のリアリズムより,キューブリック独自の戦争観,すなわち人間の狂気が具現化された無機質な迷宮を創造したのである.音楽の選曲も徹底的に計算されている.《ミッキーマウス・マーチ》は,実際に米海兵隊で歌われることがあった童謡であるが,キューブリックはこれをエンディングに配置することで,軍隊が無垢さと破壊性を同居させる狂気の共同体であることを強調した.皮肉に満ちた音楽の使い方は,キューブリック独自の手法であり,常に映像と音楽の齟齬を通じて,観客に倫理的違和感を植えつけることを意図している.

 ジョーカーのヘルメットに書かれた"BORN TO KILL"と胸元の"ピースマーク"の二重性は,当時のアメリカ社会――愛と平和を叫びながら戦争を続ける国家――の縮図である.ヘルメットの文言はモディーンが発案したもので,キューブリックは即座にこれを採用した.ヴィンセント・ドノフリオ(Vincent D'Onofrio)は本作のために史上最大級の増量(約35kg)を行ったが,増量によって膝を負傷し,しばらく歩行困難になった.本作は,戦争そのものが人間性を剥奪し,人間機械を生産する社会システムとして冷徹に解剖した作品である.前半の訓練パートと後半の戦場パートは,あたかも異なる映画であるかのように語られることが多いが,むしろこの断絶こそがキューブリックの狙いであった.戦争は教育であり,教育は戦争であるという二項の入れ子構造を示し,暴力が人間の内面にいかに内在化するかを,冷酷かつ論理的に観察したのである.

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原題: FULL METAL JACKET

監督: スタンリー・キューブリック

116分/アメリカ/1987年

© 1987 Warner Bros. Entertainment Inc.