| ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ.彼女はアレクサンダー広場に隣接する小さなアパートで暮らし,博物館でガイドとして働いている.恋人のヨハネスが別の女性に心移りし,悲嘆にくれていたウンディーネの前に,愛情深い潜水作業員のクリストフが現れる.数奇な運命に導かれるように,惹かれ合うふたりだったが,次第にクリストフはウンディーネが何かから逃れようとしているような違和感を覚え始める…. |
水の精霊ウンディーネという古典的な題材を,ベルリンの都市再開発史と感情の交差点に持ち込み,情念と記憶の不可視な水脈を浮き彫りにする.ウンディーネは,ヨーロッパ各地に伝わる水の精霊で,人間の男に裏切られるとその男を殺さねばならないという宿命をもつ.本作では伝承がそのまま現代の女性ウンディーネの設定に重ねられるが,興味深いのは,彼女が都市計画に関する歴史解説者という職業に就いていることだ.ウンディーネが語るベルリン建築史のモノローグは,彼女自身の存在が物語と歴史の狭間にいることを象徴している.
撮影にあたって水中シーンの多くはCGではなく,実際に俳優たちが水中に潜って演じている.フランツ・ロゴフスキ(Franz Rogowski)演じる潜水作業員クリストフが,水中でウンディーネと邂逅する場面は,神話的であると同時に官能的な余韻を残す.視線が届かない世界での沈黙と信頼に関する寓意である.パウラ・ベーア(Paula Beer)は本作でベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞しているが,クリスティアン・ペッツォルト(Christian Petzold)はこの役を彼女を念頭に書き下ろしており,キャスティングは最初からベーアに固定されていた.
静かながら底知れぬ深みを持つ演技は,透明な激情という矛盾した要素を体現している.J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)《オルガン協奏曲ハ短調BWV974》がテーマとして用いられ,厳かな旋律がウンディーネの宿命的な運命と儚い愛の感情を際立たせている.興味深いのは,この音楽が自律ではなく宿命への従属を象徴しているかのように観客の感覚に訴えかける点である.水の中から現れるウンディーネは,現代の都市のノイズの中でかすかに鳴る,過去からのこだまなのだ.
ラストシーンで,クリストフが湖で見た幻のようなウンディーネの姿は,神話がどこまでも現実に染み出していることを示している.観る者にとって,それが幻想であったのか,現実であったのかは重要ではない.現代的リアリズムと神話的運命が違和感なく共存している.むしろ本作は,現代の都市と人間の関係に,かつて語られた物語がいかに静かに染み込んでいるかを問い直しているのである.透明な水面下には,ヨーロッパ神話の亡霊と,現代人の孤独が絡まりあって,ゆっくりと沈んでいく.
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原題: UNDINE
監督: クリスティアン・ペッツォルト
90分/ドイツ=フランス/2020年
© 2020 SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinema
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