■「イルカの日」マイク・ニコルズ

イルカの日≪デジタル・リマスター版≫ [Blu-ray]

 ファーとビーという二頭のイルカは,海洋学者夫妻の愛と努力によって,人間の言葉をしゃべるようになった.ところが,このことを知ったある組織が暗躍をはじめ,二頭のイルカを誘拐していった.捕えられたイルカは,頭に機雷をつけられたまま海中に放たれた.イルカは人間の命ずるまま波間を疾走していく.その彼方には大統領専用船が….

 物と人間の心温まるコミュニケーションを描いた海洋SF映画のようであるが,戦争と倫理,科学と暴力のねじれた関係性を静かに,だが鮮烈に告発する.公開時には,政治的サスペンスとしての側面よりも「イルカがしゃべる!」という愛らしいギミックにばかり焦点が当たったが,背後に潜むディストピア的含意が重くのしかかる.物語は,聡明な海洋動物学者テリル博士が,言語を介してイルカと会話する研究を進める孤島の施設から始まる.イルカが言語を解するという事実は,ただちに軍産複合体の関心を引き寄せ,博士の研究は秘密裏に諜報活動の監視下に置かれる.

 2頭のイルカ,アルファとベータ(通称ファとビー)は,大統領暗殺計画に利用されることになる.知性ある存在が,意志を持たぬまま兵器へと変貌させられる構図に,観客は無垢と加害のねじれた構図を見る.冷戦期から湾岸戦争(1990年代),さらには2003年のイラク戦争にかけて,米軍によるイルカの軍事利用は現実のものとなっていた.サンディエゴやサンフランシスコ沖の海軍演習区域では,マイルカやハンドウイルカが機雷探知,ダイバーの識別,敵の排除任務に投入されていた.イルカたちは1分以内に地雷を探し当てる訓練を受けていた.ベトナム戦争期にも,イルカを武装化しようとする試みがあったが,公的には計画の存在が露見し,倫理的問題を理由に中止されたという.

 動物に命令と責任の関係が結びつけられぬ以上,そこには利用という名の加害しか存在しない.本作が注目すべきは,言語という人間中心的な道具を媒介にしながら,かえって人間のみに許された倫理的判断が,どれほど欺瞞に満ちているかを暴いている点にある.倫理という言葉の軽さは,今日改めて問われるべきである.人語を操るイルカというファンタジーは,科学技術の成果というより,他種の存在にまで支配を及ぼそうとする人間の欲望の投影である.それが軍事技術に組み込まれたとき,イルカは「話す兵器」となる.善悪の判断を持たぬ者を使役する,冷酷な戦争装置の問題を鋭く抉る概念が「軍事-動物産業複合体(military-animal industrial complex)」である.

 兵器,訓練,輸送,医療といったあらゆる軍事領域において,動物が資源・装置として搾取されてきた歴史は長い.第二次大戦中のソ連軍による「対戦車犬」,米海軍の「イルカ部隊」,あるいは現在も続く軍用犬の爆発物探知任務に至るまで,そのすべてが命の代用性という戦争の非道を裏付ける.映画音楽を担当したジョルジュ・ドルリュー(Georges Delerue)の哀切な旋律《Nocturne》は,これらの主題を情緒的に包み込み,イルカの存在そのものがひとつの悲劇であることを印象づける.純粋さが罪にされる世界,その醜悪さを突きつける旋律である.

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原題: THE DAY OF THE DOLPHIN

監督: マイク・ニコルズ

105分/アメリカ/1973年

© 1973 AVCO EMBASSY PICTURES