| 「ダダ」とは,1916年に抽象絵画および前衛詩の分野で起きた突発的事件である.それは,あらゆる「主義」の枠組みを超えた,すべての芸術的価値に対する反乱だった.この熱狂的で過激な反乱は,やがて登場するすべての「前衛芸術(アヴァンギャルド)」の模範となることになった――. |
ダダ――それは,芸術の名を借りた破壊であると同時に,破壊という名の創造でもあった.1916年,第一次世界大戦の混沌の中,中立国スイスのチューリヒで勃発したこの運動は,芸術における既存の価値体系や意味への根源的な否定であり,反芸術というラベルさえ過剰な命名と感じさせるムーブメントであった.その始まりの場である「キャバレー・ヴォルテール」は,もともと退役軍人向けのカフェだった.そこにドイツ人作家のフーゴ・バル(Hugo Ball),リヒャルト・ヒュルゼンベック(Richard Huelsenbeck),ルーマニア出身の詩人トリスタン・ツァラ(Tristan Tzara)らが集い,詩,音楽,パフォーマンスを混交させた前衛的表現を試みることとなる.無意味な詩の同時朗読,騒音音楽,即興演劇といった,既存の芸術形式のどれにも当てはまらない実験性であった.
新しい芸術家はもはや描かず/象徴的で錯覚を起こさせる模写はせず/一瞬の感覚から生じる透明な風によってあらゆる方向に向きを変えるような動く有機体を,石,木,鉄,錫,岩で直接つくる.ー絵画や彫刻作品は,いっさい必要ない
ダダという語の由来は,フランス語の子馬(木馬)を意味する単語が,ラルース辞典から偶然に引かれたという有名な逸話が残っている.ただしこの偶然は,実はツァラによる戦略的な選択であったという説も根強く存在する.「意味のなさ」をことさらに演出することで,意味の付与そのものを皮肉っていたのだ.その思想は,マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)《泉》――男性用便器に"R.Mutt 1917"と署名し,それを芸術作品として展覧会に提出した――に端的に表れている.芸術の定義を作り手の意図から"提示された文脈"にまで拡張させるこの行為は,美術史におけるパラダイム・シフトとして,現代アートの扉をこじ開けることとなる.まさに,便器は祭壇となったのである.
ダダの展開はチューリヒにとどまらず,ベルリンではより政治的な色彩を帯び,ジョン・ハートフィールド(John Heartfield),ジョージ・グロス(George Grosz)が反戦・反資本主義の風刺をコラージュに託した.ニューヨークでは,より機械論的・個人主義的な方向へと発展する.こうして各都市におけるダダの展開は,まるで多頭の怪物が同時多発的に笑いながら爆発したかのように,それぞれが独自の文脈をもって突き進んでいった.ツァラによる1918年『ダダ宣言』は,あらゆる主義主張への否定を宣言しながら,同時に廃品や日用品の寄せ集め(アッサンブラージュ)を芸術として肯定するという逆説を含んでいる.
アッサンブラージュという形態は,知的構築としてのキュビスムとは明確に一線を画し,即興性と無秩序を美とした.その後,「オブジェ」という用語が前衛芸術の代名詞のように多用されるようになったのも,このダダ以降の文化的帰結である.芸術とは何か?という問いが,どこまでが芸術か?という問いに変質したことの証である.破壊的かつ創造的な運動は,20世紀に登場するシュルレアリスム,ネオダダ,フルクサス,さらにはコンセプチュアル・アートなどの前衛運動に決定的な影響を与える.ダダとは,芸術を一度殺してみせることで,その死体から新しい生命の芽を探る営みだったのである.意味に縛られた芸術に対し,意味の不在そのものを突きつけるこの運動は,まさに「無」からの創造であり,芸術史の白紙に記されたインクの一滴であった.
++++++++++++++++++++++++++++++
Title: DADA
Author: Marc Dachy
ISBN: 9784422211985
© 2008 創元社
