■「普通の人々」ロバート・レッドフォード

普通の人々 [Blu-ray]

 カルヴィン・ジャレットはシカゴに住む有能な弁護士.妻ベスとは結婚して21年になる.息子コンラッドは17歳,ハイスクールに通い聖歌隊のメンバーでもある.彼は時々悪夢にうなされ,父のすすめで精神科医バーガーの治療を受けている.彼の病気は兄バックの事故死が原因のようだった.秀才でスポーツ万能だったバックは皆に愛されていたがコンラッドと2人でボートで遠出した際にボートが転覆しコンラッドだけが助かったのだった….

 監督作とは思えぬ,ロバート・レッドフォード(Robert Redford)の熟達を堪能できる佳作.シカゴに家を構える有能な弁護士と,教育熱心な妻.その2人を両親にもつ17歳の息子コンラッドは高校で聖歌隊メンバーを務める生真面目な学生である.傍目には幸福度はそれなりに高く,将来的期待値も高そうな一家ではある.そうした虚実(「普通」)に棲む"異常の亀裂"が家庭の深部で静かに進行し崩壊をみせる模様を,ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel)《Canon in D》の旋律で淡々と描く.

 コンラッドの癒えぬ苦悩を明らかにする過去の記憶と風景.亡き兄バックへの劣等感と悔恨.肉親にもたらされた"不慮の死"が,家族というシステムをいかに浸食していくか,とりもなおさず修復の難しさをまざまざと描き出す.冬の風景の点描も美しいが,季節と時間の観念を物語にさりげなく織り込んでいることは見逃せない.コンラッドが精神科医のセラピーを受ける時間帯は,学校から帰宅後の夕方で,季節は初秋からクリスマスにかけての約3か月間.窓の外は,紅葉の深まりにつれ夜の帳が降りる刻がはやまり,コンラッドの内面に分け入る暗示となっているようだ.

 輝かしく自慢であった長男の"死"を,父は感情に蓋をすることで,母は家族の情愛を拒絶することで,コンラッドは両親の諍いを招かぬよう細心の注意を払うことで,それぞれ対処しようとした.最愛の家族の死の悲しみを共有するというプロセスを踏まずに不幸を覆い隠そうとすることが,一家に波状的な苦難を呼び込んでしまう.しなやかさを失った家族共同体の脆さを,露呈させたともいえるが,その解決策はどこに求めることもできないのだ.法律や教育制度,あるいは聖歌により期待される救済というものは,マクロからメゾ介入のレベルでは有効かもしれない.しかし,この一家がすでに直面しているのは,それらの段階で処置不能な徹底的なミクロレベルの病理と亀裂というほかない.

 奇しくも,シカゴ大学で物理学を教えていたエンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)は,「シカゴに●●●は何人いるか?」と学生に問いかけ,その推定をフェルミ推定と名付けた.●●●は,ピアノの調律師でも弁護士でも何でも構わない.この推定は,論理的思考の帰結を問うものであって,厳密な推計を求めるものではない.その思考プロセスの推論過程こそが重要だからである.ミクロレベルの家族危機介入を検討する推定としても使えるもので,優れた精神科医やカウンセラー,ソーシャルワーカーは,現に経験則から意識的・半無意識的にこの推定を使いこなしているのである.

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原題: ORDINARY PEOPLE

監督: ロバート・レッドフォード

124分/アメリカ/1980年

© 1980 Paramount Pictures