■「おとなのけんか」ロマン・ポランスキー

おとなのけんか [Blu-ray]

 ニューヨークのブルックリンの公園で遊んでいた少年たちの間で争いが起こり,少年ザッカリーに棒で叩かれたイーサンが前歯を2本折るケガをした.ザッカリーの両親である弁護士のアランと投資ブローカーのナンシー夫妻はイーサンの家を訪問し,イーサンの両親であるマイケルとペネロペ夫妻と和解の話し合いを始める.当初,話し合いはなごやかにすすむが,次第に4人の話はかみ合わなくなり,険悪な雰囲気へと変わっていく….

 児2人の喧嘩に端を発し,双方の親が話し合いの場を設ける.やがて建前としての教養と友愛が音を立てて崩れ落ちる,60分強の密室劇.互いに礼節を保っているつもりで,次第に本性を露呈していく彼らの姿は滑稽であり,同時に痛々しい.ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)は,アメリカ本土に立ち入ることのできない自身の事情ゆえ,パリ郊外のスタジオにニューヨーク・ブルックリンのセットを組んだ.「仮設のアメリカ」は,むしろ製作国であるパリ,ベルリン,ワルシャワ以上に,このヒステリックで出口のない言い争いの舞台として説得力をもっている.

 人種と価値観のサラダボウルという文脈にこそ,このような応酬の不毛さは映える.ジョディ・フォスター(Jodie Foster)は,視野の狭い理想主義者を演じるにあたり,表情や言葉遣いに成功者としての洗練をにじませすぎている.この人物は本来,もう少し空回りし,打たれ弱い存在であったはずである.対するケイト・ウィンスレット(Kate Elizabeth Winslet)は,実に見事である.高学歴の投資ブローカーとしての知性と自信,息子の教育問題に直面する母親としての苛立ちを,スタイリッシュな外見に潜ませる演技は巧みであった.

 特筆すべきは,その夫を演じたクリストフ・ヴァルツ(Christoph Waltz)である.狡猾さと神経を逆撫でする話しぶりは,他の三者を軽々と凌駕していた.印象深い小道具は,彼が手放さない携帯電話である.着信によって繰り返し中断される会話,耳を疑うような無神経さに,観客は誰もが「それを今使うな」と叫びたくなる.この電話は,物語上のキー装置として機能している.しかしながら,その伏線としての配置と回収には,やや安易な印象も否めない.とはいえ,4人の怒声がふと止む瞬間,彼らに奇妙な一体感が生まれる場面は,皮肉に満ちた静けさをもたらす.

 まるで風船が急激にしぼんでいくかのように,結論のないまま会合は解散を迎え,残されたのは疲弊と無力感である.皮肉なことに,そのさなかに名前だけ持ち出された当の子供たちと,彼らの諍いに巻き込まれた一匹の動物――名は伏せておこう――は,何事もなかったかのように日光の下で仲良くしている.このズレこそが,人間の自意識の滑稽さと無意義な争いを浮き彫りにする.人間の加える理不尽,それに無自覚な加害性を何度となく描いてきたポランスキーは,本作において,善悪や勝敗の軸すら不在な「ミクロの争い」に新味を与えた.

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原題: CARNAGE

監督: ロマン・ポランスキー

79分/フランス=ドイツ=ポーランド/2011年

© 2011 SBS Productions, Constantin Film Produktion, SPI Film Studio, Versatil Cinema, S.L., Zanagar Films and France 2 Cinema