| 引退を決意した伝説的スナイパーのヘンリーは,政府に依頼されたミッションを遂行中に何者かに襲撃される.自分のあらゆる動きが把握され,神出鬼没な暗殺者に翻弄されるヘンリーだったが,その正体が秘密裏に創られた“若い自分自身”のクローンだという驚愕の事実に辿り着く.なぜ自分のクローンが創られたのか?なぜ彼と戦わなければならないのか?そして,謎の組織“ジェミニ”の巨大な陰謀と,その真相とは…. |
老練のスナイパーと,その若き日のクローンの対決という主題を表層的なアクションではなく,内面の対峙として描こうとした意図が見える.しかしながら,その野心は映像技術の実験性に過度に依存した結果,深い感銘を与えるまでには至らなかった.本作最大の特徴は,120フレーム/秒,4K,3Dという組み合わせによる撮影手法である.これは従来の映画が持っていた虚構の質感を払拭し,限りなく現実に近い視覚体験を目指したものである.だが,この高フレームレートはむしろ映画的な「夢」を奪うという皮肉な結果をもたらしている.まるで舞台を観ているような生々しさが,物語への没入感を妨げ,感情の高まりを映像の精度が冷却してしまうのだ.映画とは虚構のリアリティであり,その境界線が過度に現実に接近すると,物語そのものが嘘くさく見えてしまう.
アクションシーンにおいては,身体運動の物理性が際立ち,バイクチェイスや近接戦闘の演出は一級品である.カートゥーン的誇張とリアリズムの狭間でバランスをとろうとする工夫は随所に見られる.しかし,スナイパーのヘンリーは「自分の過去を断ち切ろうとする男」という記号にとどまり,ジュニア(クローン)は「操られた兵士」「父を知らぬ子」としての悲劇性が充分に掘り下げられない.結果として2人の関係性もまた,観念的な域を出ない.本作の企画は1997年に遡るが,当時のVFX技術では若き日の自分とリアルに戦うという構図を成立させることが難しく,脚本は20年以上も開発地獄に置かれることとなった.最終的にこのビジョンを実現したのは,実写俳優の演技をモーションキャプチャで記録し,その動きをもとにフルCGで構築した若いウィル・スミス(Will Smith)だった.
デジタル・ディエイジング(若返り処理)ではなく,まったくのバーチャル・パフォーマーとして生成された存在である.この技術的快挙はVFX業界にとって1つの到達点であったが,観客の多くはその精巧さよりも,CGの不気味さや違和感に目を向けた.いわゆる「不気味の谷現象」は,本作においても完全には克服されていない.本作の倫理的主題,すなわち「人間を兵器として複製することの是非」「父なき者が父となる葛藤」といった問いは,映画の終盤にかけてようやく明示されるものの,そこに至るまでのドラマの積み重ねが足りない.軍産複合体による完璧な兵士計画,クローンのアイデンティティ危機は,映画史においては「ブレードランナー」(1982),「アイランド」(2005)などが取り扱ってきた題材であり,本作が新たに提示したとは言い難い.終盤でジュニアが「大学に行きたい」と語る場面は,人間としての自我の芽生えを示す感動的瞬間であるはずなのに,それまでの描写の希薄さゆえに唐突感が強い.
製作にあたっては,中国のアリババ・ピクチャーズが主要な出資者となり,アジア市場を意識した戦略がうかがえる.映画の中ではブダペスト,カルトヘナ,ジョージアなど多国籍なロケーションが登場し,グローバルな感覚を志向していることが明らかである.ただし,こうした国際性もまた,舞台を変えていくだけの消費型アクションに留まり,物語の根幹と強く結びついているとは言い難い.興行的には製作費1億3,800万ドルに対し,全世界で1億7,300万ドルという収益にとどまり,大赤字を計上した.とりわけ北米市場では予想を大きく下回り,高フレームレート上映に対応できる劇場が限られていたことも一因であった.技術的実験は常にリスクを伴うが,それが物語と結びつかない場合,その代償は大きい.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: GEMINI MAN
監督: アン・リー
117分/アメリカ/2019年
© 2019 PARAMOUNT PICTURES
![ジェミニマン [Blu-ray] ジェミニマン [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/510-9GhiIJL._SL500_.jpg)