| 当代随一と仰がれるソフィストの長老プロタゴラスがアテナイにやって来た.興奮する青年にうながされて対面したソクラテスは,大物ソフィストや若い知識人らが見守るなか,徳ははたして人に教えられるものか否か,彼と議論を戦わせる.古来文学作品としても定評あるプラトンの対話篇の中でも,とりわけ劇的描写力に傑れた一篇――. |
古代アテナイの知的気風を凝縮した対話篇.ソフィストと哲学者の理念的対立を通じて,徳(アレテー)は教えうるかという問いかけが当時の教育・政治・倫理をめぐるアテナイ市民社会の危機感を反映している.プロタゴラス(Πρωταγόρας)が宿泊するカリヤスの邸宅で議論を交わした人物――ヒッピアスやプリディコス,アルキダマスなど――の多くは,実在した知識人・政治家・詩人・ソフィストであり,知のサロンの雰囲気を醸し出す.国際的知識人として名を馳せていた論客は,プロタゴラスの議論を一層重厚にするための立役者として機能している.プロタゴラスが語るプロメテウス神話の挿話が鍵である.人類がテクネー(技術)と火を授かるが,最終的に政治的秩序を保つには「正義」「節度」という徳が必要となった神話は,プロタゴラス自身の相対主義的思想を神話の衣を借りて普遍化する試みである.
プラトン(Plátōn)は,この神話をプロタゴラスの口を借りて語らせる.神話という手法は本来,プラトン自身が対話篇――『国家』『饗宴』など――で頻繁に用いるものだが,ここではあえてソフィストにその道具を与え,語りの魅力を際立たせている.プロタゴラスの弁舌が詭弁ではなく,説得力を持ちうる論理であることを読者に認めさせるための逆説的演出である.ソクラテス(Σωκράτης)が詩人シモニデス(Σιμωνίδης ο Κείος)の詩の解釈を巡ってプロタゴラスを言語的に追い詰める場面では,詩を解釈と批判の対象として扱う哲学教育の本質を示している.詩の一語一句を分析し,論理の矛盾を突く姿勢は,むしろプロタゴラス的手法の逆利用であり,プラトンはこの一幕で,哲学とソフィストの境界を曖昧にしつつ,その違いを際立たせる知的皮肉を利かせている.
快楽と善を同一視する議論――いわゆる「ヘドニズム」の章――は,ソクラテスの口を借りて「快楽計算」という概念を導入する.これは後の功利主義を先取りする議論であり,ジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham)やJ・S・ミル(John Stuart Mill)の理論的萌芽を,すでに紀元前5世紀のアテナイが孕んでいたことを示している.議論の中で,快楽は数量的に測定可能とする試みが,徳を感情や習慣ではなく,知の産物とみなすソクラテスの立場と連動する.ここでも,「徳とは知である」という命題が,別の角度から繰り返し検証される構造となっている.対話の構造全体において,プラトンは明確な結論を提示せずに幕を閉じている.ソクラテスの優位性は知的緊張感によって際立つが,完全な勝利を得たわけではない.プロタゴラスもまた,自身の立場を論理的に維持している.
プラトンがこの時点ではまだ若く,自己の哲学体系を完全には確立していなかった証拠であろうか.本書は『パイドン』『国家』のような形而上学的体系ではなく,より開かれた,対話の開放性を重視する初期作品である.ところで,ソクラテスが若きヒポクラテス(Ἱπποκράτης)をプロタゴラスに紹介する導入部には,教育の動機づけの意図が隠されている.ヒポクラテスは,プロタゴラスの話を聞いてみたい程度の好奇心で訪ねるが,ソクラテスはその態度を即座に問題にする.この場面は,現代の教育にも通じる.何を,なぜ学ぶのかを自覚せずに教師を選ぶことの危うさ――それが知識や倫理を扱う場では,致命的であるという警鐘は,どれほどの時を経てもまったく変わらない.
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Title: ΠΡΩΤΑΓΟΡΑΣ
Author: Plátōn
ISBN: 4003360192
© 1988 岩波書店
