| ガイ・ベネットはパブリック・スクールの代表を狙い,将来はフランス大使を目指している野心家.その一方で,彼は同性愛者で別の寮にいるハーコートに恋している.そんな彼を親友で共産主義のジャドは静かに見守っている.ある日,学生2人の性的行為の現場が教師に目撃されてしまい,学内は規律を厳しくする方向に傾いていく.やがて目立つガイを快く思わない者が同性愛を理由に彼への批判を高めていく…. |
規律なき自由は放縦につながり,自由なき規律は専制につながるという.1930年代,将来の栄誉を約束されたオックスブリッジへの進学を前提とするパブリック・スクールでは,共産主義を信奉し,同性愛に身を投じる学生への対応に迫られた.トリニティ・カレッジとキングズ・カレッジのエリート・サークルは,その抑圧への怒りから,戦間期から1950年代にかけてソビエト連邦のスパイ網「ケンブリッジ・ファイヴ」を結成した.彼らは外務省や大蔵省,MI5(保安局)やMI6(秘密情報部)に籍を置き,イギリスとその同盟国の外交,軍事,諜報などに関わる機密情報をソ連に流し続けた.スパイ網の発覚後,ケンブリッジ・ファイヴ加入者の多くはソ連に亡命している.
ガイ・バージェス(Guy Burgess)は,イートン校から進学したケンブリッジ・トリニティカレッジ在学中に共産主義に共鳴,派手な交友関係を持ち社交的であったが,亡命生活になじめず故国イギリスを懐かしんでいた同性愛者であった.同性愛は犯罪とカテゴライズされていた1930年代当時,パブリック・スクール内で事が露見した場合は放校処分であったため,外交官となり主要国の大使に上り詰める夢も絶たれることになる.亡命東欧人の母国潜入工作,ベルリンのゴールド作戦などを手掛けたケンブリッジ・ファイヴのモチベーションは,元をただせばパブリック・スクールの挫折体験に由来するものだった.バージェスをモデルにした野心家の学生ベネットは,同性愛の動かぬ証拠が明るみに出たことでエリートコースから外れ,共産主義の友人ジャドから「自分の無分別が招いたことだ」と諭される.
挫折体験は,非情なイギリス階級社会への憎悪と反発を固定化する接着剤となった.全寮制のスクールでは,クリケットや軍事教練,音楽対抗大会など,各寮の所属学生で様々な対抗戦が意図的に組まれる.上級生の雑用係,下働きを強いられる奴隷学生たちは「ファグ」と呼ばれ,彼らが必死に磨き続ける四角い優勝杯は,クリケットや教練で寮が獲得したものだろう.その中で頭角を顕した者が寮長や幹事に指名され,さらに限られた者に,自治会の最高組織(God)への道が開かれる.卒業後は,スクール内での地位が当然,同窓組織に影響することになり,ノブレス・オブリージュ――高貴なる者の負うべき義務――が,イギリス上流階級の子弟に植え付けられる過程に,熾烈な競争社会が装置化されていることになる.
権力構造の中で,エリートコースから外れる蹉跌が祖国イギリスを裏切る動因となっても,なんら不思議ではない.本作には,貴公子然としたエリートの卵たちの男色描写に飛びついた女性も多かったというが,それらは雑音としても,数々のスパイ活動を経て,50年後にモスクワ在住のベネットの回顧インタビューという形で,自由と規律を謳歌すべき優秀な男子学生が過ごした名門校時代に焦点を当てる構成が意義深い.ケンブリッジ・ファイヴ結成の前夜を匂わすにとどめ,同性愛者を罰する「ガイ=ハーコート事件」の顛末が語られた後,故国には誰か逢いたい人がいないのか尋ねられ,老境のベネットは静かにつぶやくのだ.「クリケットが恋しい」.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: ANOTHER COUNTRY
監督: マレク・カニエフスカ
92分/イギリス/1983年
© 1983 Goldcrest Films International
![アナザー・カントリー HDニューマスター版 [DVD] アナザー・カントリー HDニューマスター版 [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51z2LLk9ItL._SL500_.jpg)