▼『新撰組顛末記』永倉新八

新撰組顛末記 (新人物文庫 な 1-1)

 新撰組の副長助勤となり,のちに二番隊組長を兼任した新八は,近藤勇らとともに池田屋へ斬り込んだ.北海道に渡り小樽に住んだ新八が,大正2年(1913)3月から『小樽新聞』記者の取材に応じて語った連載をまとめたのが本書である.近藤勇や土方歳三らとの交友,池田屋の乱闘,など幕末動乱の修羅場をくぐり抜けた者のみが知る生々しい証言が満載の,新撰組を知るための第一級の史料である――.

 撰組か,新選組か――幕末の動乱期に魅せられた歴史愛好家のあいだで,いまだに意見の分かれる表記論争である.しかし,局長・近藤勇はこの違いに頓着しなかったらしく,読みと意味が通じればよいとする姿勢を貫いたという.文献における表記の揺れもまた,当時の書記文化の寛容さを物語っている.新撰組は1863年に京都で結成され,尊王攘夷派の取締という政治的任務を担った.活動期間はわずか6年にすぎず,戊辰戦争の敗北とともに瓦解するが,短い歳月にしては異常なほど,強烈な残像を日本史に刻みつけている.幹部13人のうち,ほぼ全員が暗殺・戦死・病死という壮絶な末路をたどった中で,二番隊組長を務めた永倉新八は,明治・大正期まで生き延びた.

 本書は,1913年から北海道『小樽新聞』に連載された永倉の回顧談を,記者が編纂してまとめたものである.語り手は永倉であるが,記述は三人称であり,随所に編集や脚色が加わっていると考えられる.池田屋事件,禁門の変,鳥羽伏見戦といった幕末の政局を武力で制御せんとした新撰組の記憶が,永倉の証言には生々しく息づいており,一次資料としての価値を確立している.池田屋事件では最前列に斬り込み,数十人規模の敵に対してわずか十数名で応戦する壮絶な白刃戦を演じたという永倉は,「沖田総司は猛者の剣,斎藤一は無敵の剣」と語っている.

 沖田の剣は若さと才気に満ちた攻めの剣であり,肺結核に蝕まれながらも圧倒的な剣撃を誇った.一方,斎藤の剣は無敵と称されるように,一撃必殺よりも死なない戦いを得意としたとされる.永倉は,維新後に旧新撰組の残党狩りを逃れ,北海道へと渡った.1871年には藩医杉村介庵の婿養子となり,杉村姓を名乗って小樽の地に定住する.ここで剣術道場を開き,静かな晩年を過ごした.とはいえ,その猛者ぶりは老いてなお衰えず,ある日,孫を連れての散歩中にやくざ者に絡まれたエピソードが残っている.永倉が鋭い眼光で睨み返すと,男は蛇に睨まれた蛙のように凍りつき,一言も発せず退散したという.

 新撰組にまつわる回顧録や創作物は数多いが,その多くは近藤勇や土方歳三を主役としたものであり,永倉新八のように生きて語り継いだ者の記録は極めて少ない.本書は,新人物往来社が手がけた新撰組関連書籍の中でもとりわけ価値の高いものである.実際,戦後の歴史学においても,現存する新撰組関係の一次証言として最重要資料の一つとされることが多い.生存者が語ったという一点において,伝説や美化を脱した生の歴史を読み解く手がかりとなる.近藤・土方の陰に隠れがちであるが,永倉新八という剣客がいたからこそ,新撰組の実像が現在にまで伝わっている.

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原題: 新撰組顛末記

著者: 永倉新八

ISBN: 4404036000

© 2009 新人物往来社