▼『裏切り者は顔に出る』清水建二

裏切り者は顔に出る-上司、顧客、家族のホンネは「表情」から読み解ける (中公新書ラクレ 754)

 「微表情」とは,0.5秒だけ人の顔に表れる無意識の表情.この微表情は,文化や民族,性別,年齢,時代,さらには生まれつき目が見えるか否かを問わず,私たちの顔に表れる.この微表情を読みとる技術は,科学を下地にした全く新しいコミュニケーション・スキルだ.犯罪捜査にも協力してきた著者が,その真髄を披露する――.

 トが他者と関わる上で避けられないのが「真偽」である.嘘は悪意からだけでなく,時には善意や自己防衛のためにも用いられる.ヒトは知能が高く,自分が他者にどう見られているかを推察し,それをもとに自らの印象を操作する能力を持っている.そのため,他者から見た自分をより有利に見せるためにウソをつくことがある.同時にヒトは,相手が自分に対して真実を語っているかを見極める必要にも迫られる.この相反する行動が繰り返される中で,表情という微細なシグナルに注目が集まる.本書では,ヒトの表情に隠された心理を読み解くための科学的アプローチが解説されている.幸福・軽蔑・嫌悪・怒り・悲しみ・驚き・恐怖の7つの感情は,人種や文化に関係なく,世界中の誰もが同じ表情筋の動きで表現することがわかっている.

 心理学者ポール・エクマン(Paul Ekman)は,孤立したニューギニアの部族を含む世界中の人々の表情を観察し,これらの感情が普遍的であることを示した.感情が普遍的な人間の特質であることを裏付けるもので,文化的背景を超えたコミュニケーションの可能性を広げた.注目すべきは「微表情」と呼ばれる現象である.微表情とは,0.5秒以下の非常に短い時間で表れる無意識の表情であり,個人が感情を隠そうとしてもその瞬間的な表情が感情を露にすることがある.この発見は犯罪捜査や心理療法,ビジネス交渉など幅広い分野で応用されている.FBIではエクマンの技術を導入し,尋問の際に被疑者の真偽を判断するための指標としている.警察官や裁判官などウソを見破る訓練を受けた専門職でさえ,その正確性は54%に過ぎないという.これはほぼコインを投げる確率と変わらない.

 この驚くべき事実は,従来の勘と経験に頼った方法の限界を示している.さらに,心理学者ティモシー・レヴィン(Timothy Levin)が提唱したトゥルース・デフォルト理論では,ヒトは基本的に他者を信じるようプログラムされていることが指摘されている.社会生活を円滑に進めるための適応戦略だが,その一方でウソを見抜く能力を低下させる側面もある.科学的データと分析手法を取り入れることで,ウソを見抜く精度を6~7割まで引き上げることが可能という.しかし,それでも表情分析の精度は天気予報の降水確率――おおむね80%以上――には及ばない.科学がどれほど進歩しても,ヒトの感情を完全に解読するのは容易ではない.文化的な背景が絡むとさらに複雑化する.

 日本では空気を読むという表現に象徴されるように,言葉に出さない感情を察する能力が重視される.一方,欧米では感情を直接的に表現することが評価されるため,表情分析の結果が異なる場合もある.冷戦時代,スパイ活動が活発化する中で,アメリカ政府は表情分析を国家安全保障の一環として導入した.ポリグラフ検査と並行して使用され,疑わしい人物の嘘を見抜くための訓練が行われた.本書は,黎明期の科学分野である表情分析を深く探求し,実践的なスキルとして読者に紹介している.表情はヒトが生まれ持つコミュニケーションのシグナルだ.この本を手に取ることで,相手の感情をより深く理解する一歩を踏み出せるだろう.そして,読者はこれまで気づかなかった新たな表情の世界に目を向けることになるかもしれない.

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原題: 裏切り者は顔に出る―上司,顧客,家族のホンネは「表情」から読み解ける

著者: 清水建二

ISBN: 978-4-12-150754-9

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