■「ザ・フォール 落下の王国」ターセム・シン

ザ・フォール/落下の王国 [Blu-ray]

 映画の撮影中に怪我を負い病院のベッドで寝たきりのスタントマン,ロイは,重なる不運に自暴自棄になっていた.そんな彼の前に現れたのは,同じ病院に入院していた5才の少女アレクサンドリア.ロイは自殺しようと薬を手に入れるために,アレクサンドリアを利用することを思いつく.そして,彼女の気を引こうと,6人の勇者が世界を駆け巡り,悪に立ち向かうという,世界にたったひとつしかない冒険物語を聞かせ始める….

 0世紀初頭のロサンゼルスの病院を舞台に,スタントマンのロイと幼い少女アレクサンドリアが織りなす現実と幻想が交錯する物語は,ターセム・シン(Tarsem Singh)が15年以上温めていたものである.自らのビジョンを実現するために,ハリウッドの大手スタジオからの資金提供を断り,個人資金を投入して独立製作に挑んだ.これにより,商業的制約を避けつつ,純粋にシン自身の表現を追求することが可能となった.撮影は4年以上に及び,18か国26か所のロケ地を巡る壮大なプロジェクトとなった.撮影地には,インドのタージマハルやトルコのブルーモスクなど,世界遺産ロケーションが多数含まれ,どのシーンも壮麗な絵画のように美しい.これらの風景はCGを用いず,実際に撮影されたものである.衣装デザインを担当した石岡瑛子は,登場人物それぞれに独自の物語性を持たせるため,細部に至るまで緻密に設計した衣装を作り上げた.

 英雄オディウスの衣装には,ローマ帝国やアジアの戦士文化を融合させたデザインが施されており,その存在感が物語のドラマ性を一層高める.石岡は衣装を装飾品ではなく,キャラクターそのものを象徴する要素と位置づけていた.映画の冒険譚には,監督自身の多文化的な背景が強く投影されている.劇中のダーウィンはチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)をモデルにしており,インド神話やペルシャ伝説,アフリカの部族文化が織り交ぜられたエピソードが物語に深みを与えている.さらに,アレクサンドリアの視点から語られることで,物語のディテールに子供らしい無邪気さと想像力が加わっている.製作期間中,シンはこの映画では一切の特殊効果に頼らないことを宣言していた.ブルガリアのデヴェタシュカ洞窟やインドのジョードプルなど,映画の中に登場する場所のほとんどは現実に存在するものであり,その多くが映画の完成後に観光名所として注目されるようになった.

 公開当初は商業的に成功を収めることができなかった本作だが,時間が経つにつれ,その芸術的価値が再評価されるようになった.熱狂的なファンからの支持が目立ち,この映画を観たことで人生観が変わったと語る人も多い.映画の中で「物語を語る」という行為そのものが,アラビアン・ナイト風に物語の力を信じ,壮大な情景のもと人間の悲喜をドラマチックに演出している.主演のリー・ペイス(Lee Pace)が撮影中に車椅子生活を装い,キャストやスタッフ全員を騙していたことは有名な逸話である.ロイというキャラクターの絶望感や孤独をより深く表現するためのメソッド演技の一環であった.一方で,アレクサンドリア役のカティンカ・ウンタルー(Catinca Untaru)は演技経験ゼロでありながらオーディションに合格した.即興で発した台詞や反応がそのまま映画に使用されていることから,演技に自然なリアリティが宿っている.

 ウンタルーが知らされていなかったロイの自殺未遂シーンでは,彼女の驚きや涙がすべてリアルな感情表現であった.ダーウィンの猿ウォレスは,自然淘汰論を独自に発展させた博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)にちなんで名付けられた.ダーウィンとウォレスは共同で理論を発表したが,『種の起源』の出版により,通常はダーウィン理論の功績と認められている.バタフライ・アイランドでダーウィンがウォレスをベッドに閉じ込めて「僕には‥‥僕には考えがある」と呟くシーンは,ダーウィンが自分だけではない発想も認めていたことを暗示している.一列に並んだ弓兵が何百本もの矢を空に放ち,逃亡した奴隷の背中に矢が落ちる場面では,奴隷は後ろに倒れ,釘のベッドの上に何十本もの矢が刺さっているようなイメージで描かれている.この場面のアイデアは,叙事詩『マハーバーラタ』に出てくる"ビーシュマの死"から得られたものであるという.

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原題: THE FALL

監督: ターセム・シン

118分/インド=イギリス=アメリカ/2006年

© 2006 Googly Films, LLC.