■「Swallow スワロウ」カーロ・ミラベラ=デイヴィス

SWALLOW/スワロウ (Blu-ray+DVDセット)

 完璧な夫,美しいニューヨーク郊外の邸宅,ハンターは誰もが羨む暮らしを手に入れた.ところが,夫は彼女の話を真剣に聞いてはくれず,義父母からも蔑ろにされ,孤独で息苦しい日々を過ごしていた.そんな中,ハンターの妊娠が発覚する.待望の第一子を授かり歓喜の声をあげる夫と義父母であったが….

 福な家庭に嫁いだ主婦の生活は,外見こそ華やかだが,実際にはモダニズム様式の孤立した家の中で従順を強いられる日々だった.家のデザインは,孤独感を強調するために意図的に冷たく無機質な雰囲気を持たせており,名作「サイコ」(1960)におけるベイツ家の異様な構造を参考にしているという.ハンターの異食症という奇妙な癖が明らかになるにつれ,彼女が抱える精神異常が浮き彫りになる.最初はビー玉を飲み込む行為が,一瞬のコントロール感を与える.しかしその行動は次第にエスカレートし,より危険な物を飲み込むようになる.この奇行が発覚した後,家族の監視が強化され,男性看護師まで雇われるが,それはハンターの孤立感をさらに深める結果を招く.異食症――「ピカ症」とも呼ばれる――の歴史は長く,古代ローマ時代にはすでに土や炭を食べる人々の記録が残っている.

 19世紀のアメリカでは,奴隷制度下において,強度のストレスやトラウマから異食症を発症する事例が報告されていた.これらの記録により,異食症は,精神的な抑圧の産物であることが示されている.本作は,異食症をフェミニズム的なメタファーとして巧みに活用している点が際立っている.異食症は歴史的には栄養不足と関連付けられてきたが,現代では精神的トラウマの表現として認識されることが多い.ハンターの場合,その行動の背景には,幼少期から現在に至るまでの彼女の境界を侵食してきた環境や抑圧が存在する.彼女が飲み込む物の中には,釘やボタンといった家庭内で見過ごされる小さな物が多く,これらは彼女がコントロールを取り戻そうとする欲求行動と解釈できる.

 映像美も印象深い.ピンクがかった温かみのある色彩,冷たく無機質な外の世界の対比が,ハンターの内外の世界を象徴的に描き出す.この色彩設計は,アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Joseph Hitchcock)が「めまい」(1958)で用いた心理的色彩演出にインスパイアされているという.物を飲み込む瞬間の細やかな表情描写と音響効果は観客に強烈な感情を与える.ビー玉が喉を通る音は,録音の際に特殊なマイクを用いて身体的な緊張感をもたらすほどリアルだ.自分の衝動を抑えきれずに異物を飲み込む場面では,その行動に伴う快楽と罪悪感が同時に表現され,目を離すことができない.ハンターの夫が家庭内での役割分担を支配的に押し付ける姿勢は,前近代的な価値観というしかない.映画全体に流れる男尊女卑的解釈が,一部でそのフェミニズム的テーマを損ねているとの批判もある.

 製作にあたって,カーロ・ミラベラ=デイビス(Carlo Mirabella-Davis)は自身の祖母からインスピレーションを受けたと語っている.祖母は1950年代の典型的な主婦でありながら,精神的な苦悩を抱え,強迫的な掃除癖を持っていた.ミラベラ=デイビスは,撮影前に心理学者や異食症の専門家と詳細に議論を重ねたといい,その結果,映画は極めてリアルでありながら寓話的な要素も併せ持つものとなっている.ハンターが自分の過去と対峙し,最終的に主導権を握る瞬間は,家庭内での女性の役割や身体的自立を求める闘いを描いた核心である.恐怖映画ではなく,自己破壊と再生を通じて家族の束縛から解放される主婦の姿は,陳腐ではあるが女性の自立と解放の象徴として描かれている.

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原題: SWALLOW

監督: カーロ・ミラベラ=デイヴィス

95分/アメリカ/2019年

© 2019 by Swallow the Movie LLC