▼『機械としての王』ジャン=マリー・アポストリデス

機械としての王 (みすずライブラリー)

 君主の栄光を讃える壮麗な騎馬パレード,宮殿を舞台に繰り広げられる究極の宴.多彩な芸術が花開いたといわれる絶対王制の時代に,スペクタクルが果たした真の機能とはなんであったのか.封建的秩序と新しい価値観が並存する社会にあって,その中心に君臨しすべてを操ったひとりの王.だが権力は,やがて国王個人の身体を後景に退かせ,国家というひとつの不気味な機械として立ち現れる――.

 主の絶対的な権力と,それを支える壮麗な文化が同時に花開いたルイ14世(Louis XIV)時代の文化的影響はフランス国内にとどまらず,ヨーロッパ全土に波及した.宮廷ではバレエが洗練され,王自身がダンサーとして太陽神アポロンを演じたこともある.ヴェルサイユ宮殿で行われた壮大な祝祭や劇場公演は,ヨーロッパ諸国の宮廷にも模倣された.この時代を振り返るとき,壮麗な文化の表層を眺めるだけでなく,それが果たした政治的機能と象徴的意味を考察する必要がある.ルイ14世の治世は,絶対王政の黄金期とされる.国家権力の顕示装置として機能したヴェルサイユ宮殿内で行われた祝祭や式典は,国家が自身を具現化する場であり,君主の権威を視覚的かつ身体的に実感させるものであった.君主の身体が国家の象徴として用いられた王は政治的な指導者ではなく,国家そのものを体現する存在とされた.

 朝の謁見の儀式では,王が起床し,着替え,出席者と簡単な会話を交わす一連の所作が厳密に決められたプロセスとして公開されていたという.この儀式は,王の日常を国家の運営そのものとして演出し,王こそが国家の中心であることを示すものだった.王が太陽神アポロンを象徴する衣装を身にまとい,宮廷バレエで踊る姿は,王権と秩序の調和として人々の記憶に深く刻まれた.こうした象徴的な身体は,やがて抽象化され,個人としての王の身体性を超え,国家という一つの機械的存在へと変容していく.この変容の過程を理解するためには,著者が示唆するスペクタクルの役割に注目する必要がある.スペクタクルは,視覚的な美しさや感動を提供するだけでなく,権力の象徴体系を構築し,維持するための重要な手段――オペラ,コメディ=バレ,入市式,騎馬パレードなど――,さまざまな形式のスペクタクルが絶対王権の文化的基盤として機能し,個人の精神や社会の価値観に影響を及ぼした.

 壮大な祝祭の準備には数週間を要し,宮殿内外の労働者たちが昼夜を問わず働いたという記録が残っている.また,騎馬パレードでは馬具や衣装の細部に至るまで王が直接指示を与えたとされ,これによりスペクタクルの完成度が極めて高いものとなった.徹底した演出は,観衆に対する王権の強大さと調和の象徴を鮮やかに示すことを目的としていた.ヴェルサイユ宮殿を中心に展開された祝祭は,国家がいかにして人々の想像力を支配し,秩序を維持するかを示す典型例であろう.これらの祝祭の舞台裏では,細部に至るまで徹底した計画が行われた.1685年の王の庭園の夜会では,宮廷庭師が数週間をかけて庭園の花を入念に植え替え,特定の日に満開となるよう調整したという記録がある.祝祭の照明には膨大な数の蝋燭が用いられ,その配置や点灯のタイミングが厳密に指示されていた.こうして,王を中心とした宇宙観が具現化され,貴族たちはその中心に引き寄せられ,支配下に置かれたのである.

 ヴェルサイユは王権の体系を具体化する恒久的な舞台であり,王はその舞台監督であった.宮殿の設計には,ルイ14世の個人的な趣味も大きな影響を与えたといわれる.庭園や噴水の設計に積極的に関与し,そのシンメトリックなデザインは宇宙の秩序を表している.しかし,経済や政治が自律性を高めるにつれ,王の身体的存在は次第に象徴性を失い,国家という機械的存在がその主役となる.この過程において,王権は重商主義を採用し,経済活動を活発化させることで国家の富を集中させた.同時に,貴族たちをヴェルサイユに住まわせ,その権力を削ぎ落す結果を招いた.国家は個人としての王を超えた機械的な権力装置へと進化したのである.象徴としての王権が国家機械へと変貌する過程は,権力の集中や経済的統制を超えて,人々の精神的構造にまで影響を及ぼした.ルイ14世は機械を操る王ではなく,やがて「機械そのもの」となった存在であった.

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Title: LE ROI-MACHINE - SPECTACLE ET POLITIQUE AU TEMPS DE LOUIS XIV

Author: Jean-Marie Apostolidès

ISBN: 462205003X

© 1996 みすず書房