| 世界的ベストセラー『悪童日記』の著者による初めての自伝.祖国ハンガリーを逃れ難民となり,母語ではない「敵語」で書くことを強いられた亡命作家の苦悩と葛藤を描く――. |
共同体に生まれ落ち,そこから無自覚に人間の根幹に位置することになる言語概念が「母語」,固有の言語を国家の所産とされた場合の言語概念が「母国語」.言語の機能にプレステージを与える主体と客体を考える上で決定的な違いである.
スイスに来て五年経った.わたしはフランス語を話す.けれども,読むことはできない.文盲に戻ってしまった.四歳で本を読むことのできたこのわたしが
1956年のハンガリー動乱から逃れるため,夫と共に生後4か月の娘を連れ祖国を離れたアゴタ・クリストフ (Agota Kristof) は,オーストリアを経てフランス語圏ヌーシャテルに移住.ハンガリー語文芸誌で詩作を発表するが,出版は認められなかった.異国の地で「敵語」の文章を書くことを強いられたクリストフは,「文盲」という自覚をもって,工場での労働と子育ての合間に小説を書く.
もし自分の国を離れなかったら,わたしの人生はどんな人生になっていたのだろうか.もっと辛い,もっと貧しい人生になっていただろうと思う.けれども,こんなに孤独ではなく,こんなに心引き裂かれることもなかっただろう.幸せでさえあったかもしれない.確かだと思うこと,それは,どこにいようと,どんな言語でであろうと,わたしはものを書いただろうということだ
「この言語が,わたしのなかの母語をじわじわと殺しつつある」.母語で伝えるべきニュアンスが,フランス語では微妙に変わる.亡命と難民生活の苛酷さを,言語の受難によって叙述する.主著『悪童日記』が,世界で40以上の言語に翻訳されていても,課せられた言語は,文盲の砂漠時代に撒かれた水とはなり得なかったのであることが読み取れる.
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Title: L'ANALPHABETE
Author: Agota Kristof
ISBN: 4560027420
© 2006 白水社
