| ハプスブルグ帝国の末期に生まれ育ちながら,近代建築の地平を切り拓いた先駆者ロース.その装飾を排した建築作品は,当時のウィーン社会において物議を醸すことになる.文筆活動においても舌鋒鋭くラディカルな文化社会批評を展開したが,本書はそのうち重要な論考を精選した一冊である.有名な「装飾は犯罪である」をはじめとした過激な発言に満ちている一方で,ギリシャ・ローマを範とするような古典主義的な思考も随所に覗く――. |
ウィーンは,多様な建築様式に彩られた都市であり,アドルフ・ロース(Adolf Loos)は「ポチョムキン都市」と揶揄した.この表現は,表面的な美しさや豪華さが実質的な価値を伴わないことを皮肉っている.しかし,この都市は同時にモダニズムの強い息吹を感じさせる場所でもある.特にロースの理念は現在の建築界にも大きな影響を与え続けている.ロースは,「装飾は犯罪である」という過激な主張で有名な建築家である.装飾は原始的な表現であり,文化水準の低さを示すもので,近代建築には不要であり,むしろ進歩と発展を妨げる要因と捉えられていた.ロースの建築理念は,機能と用途に基づいた合理的な設計を追求するものであった.彼は,建築物の形態はその機能に沿うべきであり,使用する素材も同様に機能に適したものでなければならないと主張した.彼の代表作であるロースハウス(1909-1911年)は,装飾を排除したモダニズム建築の先駆的な作品として知られている.
文化の歩む道とは装飾から解放されて,無装飾へと到る道だ…中略…我々はより洗練され,上品になった.伝説のアマゾネスの女傑達の戦いぶりが描かれた象牙の酒杯から酒を飲み干すような,ず太い神経を我々は持ちあわせてはいないのだ.昔の技術が失われてしまったのではないか.その通り,それでよいのだ.我々はその代りに,ベートーヴェンの音楽を獲得したのだ.そして我々の神殿は古代ギリシャのパルテノン神殿のように,もはや青や赤,緑そして白色に彩られてはいない.そうだ,我々はなんら手が加えられてはいない,ありのままの石を美しいと感ずることを学んだのだ
ウィーン分離派は,オットー・ワーグナー(Otto Wagner)を中心に,過去の美術様式から分離し,機能性と美しさを兼ね備えたデザインを追求する運動であった.ロースはこの運動に影響を受けながらも,さらに徹底した合理主義と機能主義を主張した.ロースはアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ(Henry van de Velde)によるユーゲント・シュティールの内装や,ジョン・ラスキン(John Ruskin),ウィリアム・モリス(William Morris)の統一された美意識に対しても批判を行った.彼は,これらの装飾的な要素を排除することが近代建築の発展に不可欠であると考えていた.第一次世界大戦後,ロースはウィーン市の非営利住宅プロジェクトに関与し,労働者住宅の設計に尽力したが,彼の設計案が受け入れられなかったため,1924年に辞職し,パリに移った.パリではソルボンヌ大学で講義を行い,「トリスタン・ツァラの家」(1925年)などの設計を手がけた.ロースハウスは,当時のウィーンで大きな論争を引き起こした.特に宮殿の近くに位置することから,その装飾を排した外観は市民や行政から大きな反発を招いた.
建設当初は「景観を損ねる」という理由で許可が下りず,最終的には窓辺に花壇を設けることで建設が許可された.ロースは晩年に絵画に没頭したが,死の直前に自らの絵画作品を全て焼却した.この行動は,彼が自身の芸術に対して持っていた厳格な基準や自己評価の厳しさを物語っている.ロースは,未完成または不完全と感じた作品を残したくなかったのかもしれない.ロースは,パプア人の顔面の刺青を引き合いに出し,装飾を「原始的な欲求の表現」として批判した.これは,彼が文化の発展と装飾の排除を結びつけて考えていたことを示している.彼は,装飾を排除することが文明の進化と成熟の証であると信じていた.ロースの建築理念は,機能性と合理性を追求し,装飾の排除を通じて文化の進化を促すものであり,その影響は現在の建築界においても大きな足跡を残している.彼の考え方は,インターナショナル・スタイルが批判されていた頃のポストモダン的な発想を先取りしていたとも言える.
装飾の新たな復権は美の発展にとって多くの弊害をもたらすだろうが,これもやがては克服されることだろう.というのは何人も,いわんや国家権力も人類の進歩をはばむことはできないからである.よしんばできてもせいぜい,そのテンポを遅らせるだけの話である.我々はその時が来るのをただ待っていさえすればよい
ロースの建築とその理念は,現代においても高く評価されており,彼の合理主義と機能主義は,ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)やル・コルビュジエ(Le Corbusier)といった後のモダニズム建築の巨匠たちに大きな影響を与えた.例えば,デル・ローエの「Less is more(より少ないことが,より豊かなこと)」という有名なフレーズは,ロースの「装飾は犯罪である」という思想に共鳴するものだ.現代の建築家たちもロースの理念に学び続けており,アメリカの建築家リチャード・マイヤー(Richard Meier)は,ロースの影響を受けたシンプルで洗練されたデザインで知られている.さらに,日本の建築家安藤忠雄も,ロースの合理主義的アプローチを取り入れたミニマリズム建築で国際的に評価されている.ウィーンという都市は,ロースをはじめとする多くの建築家の影響を受けながら進化してきた.ロースの「装飾は犯罪である」という過激な主張は,合理主義・機能主義の象徴として文化の進化を促し,その影響は現在の建築デザインにおいても大きな足跡を残している.
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Title: ORNAMENT UND VERBRECHEN - INS LEERE GESPROCHEN, DIE POTEMKIN'SCHE STADT, TROTZDEM
Author: Adolf Loos
ISBN: 9784480510891
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