▼『モラルの起源』クリストファー・ボーム

モラルの起源: 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

 なぜ人間にだけ道徳が生まれたのか?気鋭の進化人類学者が進化論,動物行動学,文化人類学,考古学,霊長類のフィールドワーク,狩猟採集民族の民族誌などの知見を駆使して人類最大の謎に迫り,エレガントで斬新な新理論を提唱する――.

 然選択としての道徳的行動や良心の起源をどうとらえるかについて,チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)は頭を悩ませた.1871年『人間の進化と性淘汰』でさえ,索引に「精神(soul)」という言葉を載せることを避けている.人間には血縁淘汰や直接互恵性では説明しきれない利他性というものがある.自己を犠牲にして見ず知らずの他人の子を助ける行為は,「非効率」であるとともに「寛大な慈善」.明らかに自然選択の利己原理に反した現象である.

私の考えは,先史時代に人間が徹底的に社会統制を利用しだしたために,処罰を恐れたり,自分の集団のルールを把握し取り込んだりして,みずからの反社会的傾向をうまく抑制できた人が高い適応度を獲得した,というものだ

 本書は,フリーライダーの効果的抑圧――村八分,嫌がらせ,処刑など――が現代までの利他的形質の進化を促したとみる.群選択理論をとるのでない限り,進化経路としては,ヒト・チンパンジー・ゴリラの共通祖先は,自意識,視点取得,支配と服従という能力を,さらにヒトとチンパンジーの共通祖先は同盟による連合形成能力を前適応として持っていた.25万年前頃,大型哺乳類を狩猟するようになって,狩猟時の協力と乱暴者フリーライダーの排除の重要性が増したという.

このような周りから収奪すると排除される可能性があり,利他的に振る舞うことについて強い教示があるという文化環境において,利他的に振る舞うことを内面化した個体はより自制しやすくなってより有利になり,恥の感情とルールの内面化(良心)が進化した.ただし更新世の環境は不安定で,常に利他的に振る舞うよりも周囲の状況(特に飢餓の程度)に応じた柔軟な利他性を持つ方が有利であったため,この内面化した利他性は文脈依存であり,時に利己性に屈服する

 エドワード・O・ウィルソン(Edward Osborne Wilson)1978年『人間の本性について』では,通常の自然選択プロセスが新たな形質を生み出すには最低でも1,000世代(およそ2万5,000年)を必要とする.そこから筆者は類推し約25万年前に狩猟が労働集約的になり,文化道徳が4万5,000年前後で現代的(良心の誕生)となったと仮定した.人間の道徳心という社会選択が定着するまで7,000から8,000世代の期間があったという.

 これだけの時間をかけコミュニティの価値観に個人的内面化(共鳴)することが進化的良心となり,そうした個人の適応度が道徳的コミュニティの強度にコミットする――確かに,然るべき選択圧の結果としての社会統制だろう.であれば,人間の共同体は「利己心」「寛大さ」を共存させた自浄能力を保ち続けているといえるだろうか.それはかなり疑わしい.

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Title: MORAL ORIGINS

Author: Christopher Boehm

ISBN: 9784826901765

© 2014 白揚社